第0話(Side:結羽)-3

 いや、うちが気にしても始まらんことのはずやけど、はずやけど……。

「やー、持ったまま立ちっぱだとタブ重いからさ。視界と手元は影響ないでしょ?」

 耳元に、なんとも色気のない言葉が囁かれる。目的はタンクの上にタブレットを置くこと、だったらしいけど、女の子同士、トイレで抱き合っとるいうフィジカルな現実はなにも変わらへん。

「何なんや、この女」

 距離感がわからん。無防備ちゅうか、何ちゅうか。けど、押しのけようとは思わんかった。

 可奈子はご丁寧に、ずり下げたゴーグルを戻してくれる。

「さっきのプレイ見てたよ。それで、君のことが気になった。さて、私のロボットを、君はどう操ってくれるのかな」

「あんたの?」

「うん、私が作った」

「……そっか」

 なんでかうちは、やってみてもええかな、と思た。どうせヒマやったし、それに、気に入った、て言われるんは、悪いこっちゃないやん?

 うちはゴーグルをかけたままうつむいてみた。足下に機械のアームらしきもんと、キャタピラが見えよる。なるほど、手の付いた戦車、いうんは間違いなさそうやね。

 正面を向いてスティックを倒し、微速前進。ほら見い、とろいやんか。

 けど、コツ、コツと何か踏むたび視界が小刻みに揺れて、

 それと合わせたかのように、くっついた胸と胸の向こうからはトクン、トクンと可奈子の鼓動が響いてくる。

 こんな姿勢なのに冷静やなこいつ。うちはそれどこやないってのに。や、くっついてる、いうことは、こっちのも向こうに響いとるんか。まいるわ。

 お互いの顔色だけは、さっぱり、わからへんけど。

「前方注意」

 耳元にまた、可奈子のえろう無味乾燥な囁き。そのとおり、唐突に行く手のビルで壁が崩落しとった。とっさにレバーを引く。とろい思うとったが、反応は悪うない。転がってきた大きなかけらが、目の前で止まる。

「これ、持てるん?」

「アーム操作仕様そっちに送った。まあ、このくらいなら行けるように作ったよ」

 映し出されたとおりのスティック操作で腕を伸ばして、コンクリの欠片を掴み上げ、しばし意味もなくもてあそんでみる。なるほど、まあ、よう動く。

「まだ時間はあるよ。どこへ行きたい?」

「いきなり聞かれたかて、ここに何があるかも知らんわ」

「もしかしたら、願望器なんか、あるかもね」

 可奈子はまた、わけのわからんことを言うた。

 うちは、なんやそれ、言いながら前進した。どうやら無意識のうちに足もぶらぶら動かしとった、いうんは、後で聞いた。


 二人して個室から出たとき、校内はまだ授業中やった。

「今更教室戻るのもなんだし、部室でも行こうか」

「入部するなんて言うとらんねやけど」

「なんで? うちの部来ればロボット一杯あるよ」

 それで女子を勧誘できると、こやつは本気で思っとるんやろか。うちは、はあ、とため息をついた。

「なあ、あんた、うちの腕だけが目当てなん?」

「まあ、第一はソレ、否定はしないけど」

 可奈子は顎に人差し指を当てて思案し、それから一瞬、西日を眼鏡にきらめかせて振り向いた。

「でも、第一印象で、この子だったらいいな、とも思った。我ながら非論理的だけどね」

 その瞬間、うちが息を呑んだことに、可奈子は気づかんかった。

「……あんたの」

「ん?」

「他のはどうでもええ。でも、あんたのロボットやったら、うちが動かしたっても、かまへんで」

 何かに根負けしたように、うちはようやく小声を絞り出した。聞こえたかどうかも微妙。

 可奈子は再び、一瞬の輝きを纏って、ひと言

「良かった」

 と笑うた。



「ところで、ちょっとだけ気になってたんだけど」

「なんや?」

「結羽って、どこの人?」

「……髪は染めとるし、言葉は親のが伝染っただけで、ただの地元民や。悪いか」

「いや、そこも魅力的だなあ、と思ってさ」

 ホンマにこやつ、距離感のわからんやつや。

 可愛い顔しとんのに。


                   (SIDE:U end)

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