第0話(Side:可奈子)-1

 私はずっと、ロボットに恋をしていたのだと思っていた。


 アニメのロボットなら、物心つく前から回りにいた。父と兄が、2世代ロングランのロボット物シリーズを見ていたから、私も自然と見て育った。女の子なのに、とは、言われたことはない。

 初めて「本物」のロボットに合ったのは、すこし大きくなって、ショッピングモールに買い物に連れて行かれたときだった。

 店先に接客ロボットがいた。背の高さが、当時の私より高かったけど、父よりはずっと低い。変形も合体もしない、空も飛ばない、武器も持っていない。それどころか、足にはホイールがついていて、歩行さえしなかった。

 けれど、それはたしかに本物のロボットで。

 誰かが操縦しているわけでもないのに、私の顔に視線を合わせて、話しかけてきた。

「ねえ、雰囲気、変わった?」

 おかしいの。だって初めて会ったのに。なんて答えていいか戸惑っていると、ロボットはちょっと遅れて

「勘違い、だったかも」

 とか、言い訳をした。それが余計おかしくて、父がロボットの胸のタッチパネルで売り場を探している間も、私はずっとロボットの顔を見ていた。別れ際に、機械の手を握った。アニメの印象とずいぶん違う、やわらかいプラスチックの手触り。

 その後、小さなロボットなら家でも作れると知った私は、誕生日にせがんだけれど、値段が値段なのでさすがに無理だった。アニメ巨大ロボットのプラモデルなら、頼まなくても父が買って来たけど、私はそれじゃあ、もう満足できなかった。

 ちゃんと動くのでなきゃ、いやだ。もちろん、あの店のロボットみたいな。

 根負けした親が、安い工作セットのロボットを買ってくれた。モーター一個と電池で歩く、はずだった。これが私の、初めての工作。

 そして、思い知った。

 ロボットは、愛情じゃあ動かない、って。


 だから、中学三年で進路を選ぶとき、私は迷わず、ここを選んだ。



 私にとってたいへんありがたいことに、うちの高校はIT強化を前面に押しだした外資系で、ロボットはいじらせてもらえる上、VR眼鏡も貸与か学割で手に入る。なにしろ授業にもVRやAR教材が使われるくらいでね。

 私は小学生のころにはもうガチ近視で眼鏡かけてたから、このさいとばかりに学割で普段使いの眼鏡と兼用にしてもらった。電脳メガネっ娘というわけだ。なんか昔そんなSFアニメがあったよね? だって、貸与のゴーグルだとメガネonメガネになるし。3D映画見るときもこれが悩みだったからねえ。さりとて普段の眼鏡を外すと、こんどは安物のゴーグルでは視力補正機能がしょぼくて、結局なんにも見えないんだわ。参るよねえ。

 で、最初は真面目な理由で拡張機能付き丸眼鏡にした私だったけど、今となっては別のメリットがあった。

 たとえ授業中でも、ネットに潜り込めば、さぼってゲームで遊んでるやつの視野を覗き見られたりする。あ、もちろんそのへん、コードは自分で改造してるけど。

 自分で言うのもなんだけど、普段の私はどちらかといえば優等生だし、現実に目が悪いので、眼鏡を取り上げられる心配は無かろうて。いや、念のため、視野の半分は授業に向けてあります本当ですよ?

 探しているのは、主に3DシューティングかFPSのプレイヤー。できれば女子がいいな。声を掛けるなら、そのほうが気軽だし、変な勘違いされることもあるまい。

 かけられる分には男子でも困りはしないんだけど。部員の過半数は同類の眼鏡男子で、あのへんなら、気負いする必要もない。が、ネットでプレイを見ただけの相手となると多少は、ね。あと初対面の男子はだいたい、私の顔じゃなくて胸見てるし。まあ、肩が凝る程度にはあるんで、わからんでもない。でも、いつも指定のジャージしか着てないから色気はなかろう。悪いな、色気より実用性だよ。

 HNだけではどっちか解らないことが多いので、そのへんは確率論。運とか勘という言葉はあんまり好きじゃない。

 そのうち、巨大ロボットの戦場を勝ち進む、一人の活躍が目に止まった。例の、父が好きな2世代シリーズ原作のMMOだ。だから解るけど、そのプレイヤーは弱い量産機だ。それを格闘戦仕様の装備にして、敵の弾幕を器用にかいくぐっていた。

「ほう、いい脚捌きをするな」

 私の視線は、その移動テクニックに吸い寄せられていった。地形を巧みに使い、敵の射線を絶妙に外して、長距離キャノン型の敵メカに肉薄、そして大胆に斧を振り回して、その砲身を叩き折った、のち、旋回にもたついているもう一機のキャノンに、その折った砲身をつかんで投げつけた。オブジェクトに変わった瞬間に確実に拾うか。拾い損ねて隙作るとは思ってないんだな。面白い。

 笑いそうになって、慌てて現実の口元を教科書で隠した。幸い、見つかっていない。仮にいま指されても、ちゃんと答えられるから問題ないけどね。

 改めて眼鏡の中の情報を確認する。

 ホストは校内に間違いないけどIDはウチの部員じゃない。まだ誰にもかっさらわれてないといいな。ハンドルは……YU? また解りにくくて適当なのを。

 もっとデータを見ようとスクロールしたとき、勝手にゲーム画面がぷつりと消えた。

 自分のほうにはなんの問題も起きていない。

「あちゃー、見つかっちゃったね、ご愁傷様」

 なにしろ授業中。いかにIT系強化を打ち出す学校でも、バレれば取り上げられて中断になる。

 けど、これじゃ手がかりが少ない。さて、どうしよう。後で考えるしかないかな。

 仕方なく授業に意識を戻そうとしたとき、がらりと戸の開く古典的な音が耳を打った。

 自分の教室ではない、後ろだ。つい、振り向いてしまった。

 隣の教室からだろうか。ウェービーな金髪の頭が、窓を横切るのが見えた。

 吊り目気味でりりしい系の、背の高い女子。

「あれ、かな?」

 それこそ非論理的に、あの子なら声かけてみてもいいかな、などと考えていたけど、あからさまに振り向けばそりゃあ、いくらなんでも目立つわけで。

「……可奈子君、どこ見てるのかね。いまの続きを読んで」

「あ、はい、えーと」

 しまった、目を離している間に、どこまで読まれていたか聞き逃した。備えは万全のつもりだったんだけどなあ。不覚。


 幸運にもすぐ後にチャイムが鳴ったので、私はいちかばちか、予備のVRゴーグルと愛用のタブレットをひっつかみ、廊下に飛び出したのだった。

 指定のジャージは楽でいい。こんな時スカートがひるがえったりしない。

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