「可愛い」を探せ-6
「なんや、やばいことなった!?」
びくんと足を跳ね上げてから、うちはゴーグルも跳ね上げた。可奈子はモニタに向かって操作を続けながら、振り向きもせんと答えた。
「焦らないで、一時的にサージで負荷かかったか、通信途切れただけ。データリンクはリターンあるからロボットは生きてる」
「……盛り上がるイベントやった、ちゅうことにしとくわ」
こっちを心配してくれるほどのことは、とくに無かった、ちゅうことやろか。
「映像回復、スキャンデータ取り直し完了。戻って戻って」
ま、可奈子のロボや、信じるしかあるまいて。うちはおとなしうゴーグルを戻した。たしかに刺激にはあふれとるけど、どうも、しっくり来ないのはワンコの運命がかかっとるからやろか、それとも……
うちは例によってまた足をばたばたさせながら、暗い廃墟の町をとぼとぼと進んだ。雨の日に散歩する童謡とか映画の歌がなんやあったはずやけど、どれも口ずさみたくなる気分やなかった。といって、黙っとるとむしろホラーな雰囲気になってきて、よけいアカン。となると、やっぱりワンダバか救助隊やろか。あれ、曲のほうも最後までは知らんのやけど。
まいったな、と思っっとると、横から歌が聞こえてきた。声は可奈子のや、けど、歌詞がなんや、男子っぽい、ちゅうより子供っぽい気がするんは気のせいか。
「昔やってた、レスキューロボ物。見てない?」
「覚えはなかと」
けど、可奈子がキッズ向けアニソン歌っとると思うとそれはそれで、なんか可愛えのう。それに、子供向けだけに素直に元気出る。
もしかして、うちのために歌ってくれたんやろか。それで喜ぶ思われるんやとしたら、それはそれで問題やけど、今はありがたく聞いとこ。
しばしそのまま、たぶん泥水とか跳ね上げながら(うちからは見えへん)、道を進んでいった。空は雷でピカピカ景気よう光り続けとるが、あれきりそう簡単には通信途切れたりせんかった。そろそろ、指定のもと飼い主の自宅やけど、ジェイク君らしき影はおろか、動物は一匹も見かけん。
「やっぱ、雨宿りしとるんちゃうか」
「聞いてる性格と違うけど、家から出てこない、ってのはあるかも」
「……それは、どうやろか」
いいかげん、うちでも気付くんやから、可奈子がわかっとらんとは思えへん。
奥に行くにしたがって、建物の壊れ方が確実に酷うなっとって、聞いた話、木造二階建てやっちゅう、あのあんちゃんの実家が、原型とどめとる気はせんのや。
なにがあったかは未だに謎ちゅう話になっとるけど、まあ、間違いなくこれは、大災害やったんやなあ、と。中入ってやっとわかったような、わからんような。
して、ついにうちらは雨に打たれながら、指定の住所にたどり着いた。思ったとおりやった。庭付き一戸建てだったはずの家は、敷地内いっぱいに踏みつぶされたように崩れて、原型はかろうじてちょっと残っとるだけやった。
庭にあったらしい犬小屋はひっくり返って転がっとった。
どんだけ愛着のある家やったかはわからんけど、これやと、入りたくとも入れへんやろ。なんぼ犬でも、そんくらいわかりそうなもんや。
どこかに隙間でもあるんやろか。それとも……
ともかく一通りチェックせんと、と敷地に踏み込んであたりを見回してると、また稲光が光った。音ほぼ同時でこんどは近そや。一瞬また、通信にノイズが走ったよな気がした。
けど、それより、うちの鍛えられたゲーマー視力は、その瞬間の光が映し出した影を見逃しはせんかった。
「通信は大丈夫、前進できるよ?」
可奈子が不思議そうにうながしてくるけど、うちは家には近づかんで、カメラだけをじっと回した。
なるほど、なんぼひっくりかえっとっても、一番安心できる「匂い」が残っとるんは、そこやった、ちうことやな。うちはゆっくりと、その横倒しの犬小屋に向きを変えた。
中はまた暗い影になっとったけど、カメラ位置を下げて覗き込む。こゆときは、前の軍用機のが便利かもしれんね。
「ライト、あったっけ」
と、可奈子が車体前面のLEDライトを点けてくれた。はたして、写真と同じ黒っぽいテリアが、奥の隅っこに縮こまってうずくまっとるのが、今度こそはっきりと映しだされた。
「よく見つけたねえ。さすがゲーマー。でも、ずいぶんおびえてるように見えるな」
「……そらまあ、いきなり玄関に戦車みたいなロボットが現れりゃ、びびるやろ」
「物怖じしない子って言ってたのに、犬違いかな」
けど、それやったらなおのこと、よその犬の匂いがついた犬小屋になんか、好んで潜りこむやろか。なに、こんなこともあろうかと、うちらには秘密兵器が渡されておった。
まず外部スピーカーをオン。それから、胴体後部に乗せといた小さなバッグをアームで取りはずし、中身が濡れないよう、犬小屋の中に置いてから開く。
中身は、パッと見、ただのゴムボールと、古びた季節外れのマフラー。けど、これは飼い主のあんちゃんから預かった、ワンコのお気に入り。匂いがたっぷり染みついとるはずや。
「ほーら、ジェイクちゃーん、好きやろこれ」
うちは思い切り猫なで声、いや、この場合犬なで声やろか、を作ってマイクに話しかけた。と、ジェイク君は鼻をくんくんさせながら、近づいてきてボールを咥えた。まちがいない、自分のオモチャやと気付いたんやね。
せっかく成功したっちゅうに、可奈子がくすくす笑っとる。なんでやねん。一言文句言ったろうかと思ったとき、また稲妻と、ほぼ同時に豪快な雷鳴が轟きよった。
これは近いわ、思う間もなく、ジェイク君はびくっと震えて、ボールくわえたまま、また小屋の隅に逃げ込んでしもうた。
よほど怖い目に合うたんやろなあ。
「可奈子も笑っとらんで、ワンコ宥めるようなことなんか言ったれや」
「え、えー……わ、わんわん」
可奈子の声が裏返った。なんやこれ、可愛えなおい! どないな顔してしゃべっとるんか、めっさ気になるわ!!
だからってゴーグル外すわけにもいかん。うちは涙を呑んでマフラーを取り出し、可奈子の声を聴きながらゆっくり、ジェイク君に差し出してかぶせた。ちったあ落ち着いた?この様子なら外に飛び出しはせんやろけど、念のためアームで首輪をつかんだ。
「確保。晴れたら即、空輸回して」
いつもの声に戻った可奈子がてきばきと輸送の手筈を整える。うん、さっきのも良かったけど、この声は安心できるねんな。
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