BOY CAN'T MEETS GIRL ON GLASSES.(Side-EX)/ 後

 やるのはいいけど、そうなるとこっちもゾーンにロボットを送らなきゃいけない。

 まずはコンバットバトラーを屋外仕様に改造しなきゃいけないし、こっちは空を飛べないから輸送手段も考えないと。

 親に頼むわけにはいかないから、断腸の思いで幸村の「悪いお友達」を頼ることにした。向こうも普段、お兄さんの大型ドローンでロボットの空輸と中継をしてるんだって。

 貸し出しには条件がつけられたとかで、すごく言いにくそうな幸村に口を割らせたところ、なるほど盛りのついた男子中学生っぽい要求だったので即却下。

 弟よ、もしそんなの呑んだら、お返しに私もブリーフ一丁のあんたの画像をこっちの腐ったお友達にばらまくから覚悟したまい。

 結局、バトルをあちらのゾーンファイター・チャンネルで配信することで手を打ってもらった。素性が世界にばれちゃうのもどうかと思うけど、これ以上の譲歩はないみたいだから、せめてロボットの外見をちょっと、いじっとこうかしらね。


 いよいよフォーラムを通じて再戦申し込みという段になって、ちょっと揉めた。だって幸村の文面、どう見ても中二病発症しかかった感じの果たし状なんだもの。

「だからさあ、女の子にそんなの送っても振り向いてもらえないってば」

「そういうんじゃねーって言ってるし」

「嫌われたら元も子もないでしょ、貸しなさい私が代筆するから。拝啓アリス様、あんまり可愛いので一目で好きになりました……」

「だから全然違うって言ってるだろー!」

 顔真っ赤なのはどうしてかね、弟よ。

 でもまあ、あんまりからかうのかわいそうだし、やりすぎて向こうにドン引きされても困るから、結局、無難な文面になった。

 返事は一日で届いた。送っておいてなんだけど、あっさり承諾されたのはびっくり。

 ただし、日時と場所の指定は先方が決め打ちしてきた。

「平日かあ。ゾーン内、B-7地区○○館跡で待ってます。来られるかな、だって」

「どこだ?」

 私たちが立ち入り禁止区域の地図なんて検索しなきゃいけなくなったのはこれが初めてで、もちろん、どうしてそこに指定されたのか、なんて理由はわからなかった。

「それより、連絡が取れるようになったんだから、無理してゾーンに行かなくても話せたんじゃ?」

 私の素朴な疑問に、一瞬幸村は「あ」という間抜けな顔をしてから、猛然と首を横に振った。

「……いや、いまさらこっちが逃げるわけにはいかねー」

 もっとも、当日の連絡用に、改めてアドレスの交換はしたんだけど、幸村がそれを使って告白した様子はない。漢らしいのかチキンなのか、私にはわかんない。


 約束の日、その放課後。

 私たちの眼鏡の中に、初めて見る「ゾーン」の風景が映し出されていた。体の方は自宅のはず、なんだけど、見えるのは一面、ゴーストタウン。あっちのほうで散乱してるのは、どこかの軍用機らしい残骸。災害というより、戦場にしか見えないんですけどここで一体何があったんだか。

「知らない? 軍用ドローンがうろうろしてるから、見つかったら撃たれるぜ。スリルあるでしょ?」

 物騒なことをさわやかに言ってくれたのは、輸送と中継をやってもらってる幸村の友達。その兄ともども、声だけでなく見た目もさわやか系。てっきり不良っぽいのかと思ってた。あちらはまた別のところにいて、通信は全部VR空間経由。

 コンバットバトラーには、一人称フルダイブの機能はないから、視点はシンプルなCCD画像とドローンの中継カメラの切り替え。ちょっと操縦系ゲームっぽい。感度は良好。私たちは、怪獣に踏み潰されたみたいに崩れた指定の施設跡に降ろしてもらった。

「アリスは……?」

「いた」

 二つのカメラが一斉にフォーカスする。

 私たちより高く、給水タンクの上に、見間違えようのないあの姿が立っていた。金色の髪、青いエプロンドレス、まん丸眼鏡。

 ロボット同士の目が合ったと思った直後、タブレットに通知があった。ARモードで眼鏡に転送すると、亞梨子ちゃんの声だけが聞こえてくる。

 瑠衣さんは、いるのかな……聞いてみたいけど、その前に私以外のテンションが勝手に上がっちゃった。

「どうやら逃げずに来たようね。褒めてあげるわ」

「それはこっちのセリフだ」

 向こうもなんかノリノリで熱血セリフ吐いてるし。声はやっぱり可愛いのに、なんか思ってたのとキャラ違うよ亞梨子ちゃん。幸村も合わせるんじゃない。それでいいのか。

「見届け人も来たようね」

 亞梨子ちゃんが言うのと、アリスが空に向かって手を振るのが同時。つられて見上げると、私たちのとは別の、飛行機型のドローンが低空で飛んできた。

「おいおい、どこのだ。通報したんじゃないだろうね」

 おにーさんが横からうるさい。

「見届け人の、かなちゃん達よ。PMCでもUFOでもないから安心して」

 なんぞねそのUFOってのは。

「邪魔にならなきゃいいよ。それじゃ中継スタートしていいな? もうチャンネルに観客入ってる」

 そうね。バッテリーももったいないし。

「待った。先に言っておくことがある」

 幸村がもじもじしながら割り込んで、なのにちょっとためらって黙った。おーい、しっかりしなさーい。また頭をぐりぐりしてやろうかって直前、幸村は震える声でやっと言った。

「お、俺が勝ったら、聞いてもらう話が、あ、あるからな!」

 おいおい。何も言ってないに等しいぞーそれは。でも亞梨子ちゃんは気にしてない。

「勝ったらね。遠慮はしないよ。それじゃ、ゾーンファイト・レディー……」

「ゴー!」

 私たちと一体になったコンバットバトラー5号が飛び降りる。公式戦にはありえない落差だけど、オフロード対応は済んでるから、着地は成功。その勢いを前進に転換しながらダッシュ。

 アリスもやっぱり華麗にジャンプして向かってきたけど、今回はどうやら私たちのほうがちょっと身軽みたい。ということは、広げてないけどやっぱりジェットと燃料積んでるな? こっちは人任せだからね、飛ぶ方の負担は。

 でも、素直に正面から殴り合ってくれるかな、と思ったら案の定、アリスの背中に翼が広がった。陽炎がゆらめき、美少女ドールの姿が舞い上がって、こっちの先制パンチを避ける。

 でも、それくらいこっちでも考えたもんね。やったれ幸村。

「しょお~○ゅう~けん!」

 ぴったりのタイミングで、幸村が叫びながら大ジャンプ大パンチ。上昇の初速はホバリングよりこっちのほうが速い。届く。

 でも敵もさるもの、アリスは空中でちょこっと引っ込めた足を、がんと伸ばしてキックで迎え撃った。今度は避けないか! 私たちの拳とアリスの靴の裏が空中で激しく激突して、カメラの視界がぐるぐる回る。とっさに中継のほうを見ながら、受け身をとる。

 地面に一度は転がったけど、ダメージはほとんどない。よし、うまく受け流した。自動で立てる。アリスのほうは、と見ると、ふらつきながらも着陸して、ジェットを止めた。そうよねー、帰りの燃料もったいないから、空中殺法はそんなに使えないでしょ。

 さあて、今度はどう出る? じりじりと間合いを詰める。地の利はたぶん向こうにあるから、利用してくるかな。それとも今度こそ殴り合いにくるかな?

 ふと、アリスの動きが止まった。怖じ気づいたか。さあ、行くよー幸村!

「あんたら、後ろ!」

 対戦中だってのに、亞梨子ちゃんの声が直接入った。

 中継のほうの画面に、いつの間にか、いや本当に誰も気づかないうちによ、変なものが割り込んでた。

「……出た、UFO……」

 ゾーンファイターの皆さんが息を呑むのがわかる。なるほど、たしかにそんな感じだ。たぶんどこかのドローンなんだろうけど、どうやって飛んでるのか全然わからない、変な形してる。ど、どうしよう、これ。

 私がうろたえてるのに、コンバットバトラーはそいつに一歩近づいて構えをとった。

「なんだてめー、勝負の邪魔すんな」

 幸村ー! 惚れた子の前だからって、素性のわからない相手にイキるんじゃなーい!

 中継ドローンまでが、挟み撃ちするように近づいて、そいつをしげしげと眺めるように映し出す。でも、光っててハレーション起こしちゃって、見えてるウチに入らない。

「そいつを見ちゃだめ、離れて!」

 亞梨子ちゃんの金切り声が耳元に響いた。えっ、これが何か知ってるの?

 聞き返す前に、突然、眼鏡の視界にノイズが走って、気が遠くなった。


 頭がガンガンする。目の奥が痛い。耳元のアラームで、むりやり意識を引き戻された。眼鏡はかけっぱなしだけど、見えてきたのは幸村の頭と、いつもの部屋が、ぜんぶ横倒し。えーと、何がどうなったのか。ロボットとの回線が切れてる、ていうか、中継のほうも繋がらない。眼鏡自体が壊れたのかな?

 通知が入ってる、ということは機能は生きてる。起き上がるのもめんどくさくて、そのまま表示した。

「残念だったね。ロボットの回収は、知り合いに頼んでおいたから。何かおかしかったら病院行った方がいいよ」

 瑠衣さんからだった。やっぱり、いたんだ。テキストに、画像が添付されてた。たぶんあの飛行機から撮ったんだろう、バラバラになったロボットとドローンが廃墟にぶちまけられてた。私たちの、想定外の末路。

 何分か前だ。もう、暗くなりかかってるから、ずいぶん気を失ってたらしい。

 胸の谷間のあたりで、断続的に震える感触。見なくてもわかる。幸村も目覚めて、同じのを見て泣いてる。見てはいけない、そんな気がした。

 メールには続きがあった。

「行っても無駄かもしれないけど、無事だったらまたやろうって、亞梨子から」

 明るいようだけど、ぞっとした。と同時に悟った。あの子が病院にいることと、UFOを「知ってた」ことは、きっと、関係があって。

「千鶴ねえ、俺、なんか……なんか……変だ」

 幸村が、ぎっと深く、胸に顔を埋めてくる。いつもだったら小突くところだけど、今は、そんな気分になれない。

 ココロの問題なのか、UFOのせいなのかは、分からないけど。



 再び目が覚めたときは、まだ暗かった。どこかで……いや、うちの玄関だ。インターホンが鳴っている。

 ずっと抱き合ったままだった私たちはやっとそろって身を起こし、時刻を確かめた。

 午前三時。普通に人が尋ねてくる時間じゃない。

「……メン・イン・ブラック、とか言わない、よね?」

「どうやら俺たちは、闇の世界のバトルに巻き込まれちまったようだぜ……」

 幸村が目の前に左手をかざしながら変なことを言い出した。UFOの影響って、中二病の本格発症も含まれるんですか瑠衣さーん!?


 で、この幸村の戯れ言が、当たらずとも遠からずだったという、ね――


(THE END……?)

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うちらの学校も戦場やった件。 富永浩史 @H_Tominaga

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