Aliceの冒険(Side:A-2)-7

 亞梨子がほったらかしていた通知は、あたしからのものだけじゃなかった。

 あたしがそれに気づいたのは、どれだけ自分が無視されて悲しかったか突きつけてやろうと、着信履歴を確認させたときだ。

「あれ、かなちゃんが何か上げてた」

 亞梨子の声に、あたしは思わず

「なぬ、見せて」

 と言ってしまったのだ。

 上がってる、と言っても、ロボットフォーラムの画像だという。なら、ロボットの中身だろうな。あたしが見てもわからないやつかもしれない。

 なのに反応してしまったのは、あたしと亞梨子の間に、かなちゃんとやらが割り込んできたように思ってしまったから、だろう、たぶん。

 いや、向こうに他意はあるまい。今日、あたしたちが何してたかなんて、ネットの向こうのロボットオタクたちが知るはずもないのだ。

 ところが。

「あれ、これ、かなちゃん?」

 亞梨子のうわずった声に、あたしは改めて顔をタブレットの前に割り込ませた。

 その画像は、むしろあたしたちが学校で撮る、気安い記念写真じみたもので。

 映っていたのは、女の子と、ロボット。

 見たところ、あたしと同じくらいの年の、ショートヘアに丸顔の眼鏡っ娘。あたしと違って眼鏡までまん丸なので、似顔絵は円定規かコンパスだけで描けそうだ。学校指定なのか、くそダサい芋ジャージを着てて、第一印象はじつに冴えない。よく見ればある意味可愛い顔とも言えるけど、それより目立つのは、ジャージでも隠せない、ばかみたいな巨乳。なんだこれは。嫌味か。あたしへの嫌がらせか。

 映っている「人間」が彼女一人ということは、これが、かなちゃん、なんだろう。

 うぉい、あたしの想像と違うぞ! と、言ってもしょうがないことを、だから言わずに思った。

 失礼ですが、あたしの亞梨子をたぶらかすには、あまりにも芋っぽくないですか。

 あたしが絶対敵わないような超絶美女だったら、まだ諦めもついたのに。

 考えようによっては、「Alice」を誘うにふさわしく、ウサギっぽい愛嬌はあるかもだが、あたしにはむしろ、チェシャ猫のように思えた。

 そして、一緒に映ってるロボットがまあ、これもアリスを見慣れた目からすると、なんとも、ダサい。

 半球型のドームに、眼鏡みたいな丸いカメラ窓が二つついて、さっき想像した「コンパスで描いた“かなちゃん”の似顔絵」を、そのまんま立体化したみたいだ。

 アリスみたいに、ちゃんと顔を作っているわけでもなく、ましてウィッグを被せているわけでも無く。

 そのくせ、首から下にはなぜか布のメイド服着てやがるのよ?

「ばかなの?」

 つい口に出る前に、亞梨子のほうが、素っ頓狂を通り越した叫び声を上げた。

「あーっ! さっきの、これだあーっ!」

 そして、あたしが何か質問するより早く、亞梨子はサブのウインドウを開いて、アリスの記録動画を呼び出し、早送りを始めた。

 待て、それって、あたしがいない間の記録ってことでしょ。ちゃんと見せろ釈明しろ、って言いたかったけど、亞梨子の指は止まる気配も無く、空とか廃墟の画像がざっと流れていったあと、やっと止まった。

「この子、さっきゾーンで会ったの、ほら!」

 アリスの頭に入る程度のカメラじゃ画質は知れてるけど、でも、十分だった。

 戦車みたいなレスキューロボットなのに、乗っかってる胴体だけメイド服になってて、その上に半球と眼鏡。

 こんなロボットが、世の中にそう何台もあってたまるか。メイド戦車軍団とか、あったら引くわ。

「あれ、かなちゃんのロボットだったんだぁ……」

 亞梨子のいうとおり、だろう、たぶん。

 会っちゃった。

 今日までは、どこのかは知ってるけど、どんなのかは知らない他人だった。

 だから、亞梨子を取られる心配も、まだ遠かったのに。

 顔を知って、分身同士が出会って。

 それから?

「そっかあ、そしたら、またゾーンに行ったら会えるかな? よし、リプ入れとこ」

「亞梨子ぅー!?」

 なぜそうやって、あたしが一番恐れていた選択をピンポイントにー!

「こ、こんなロボットがそんなに面白い?」

「えへへ、服縫うのはお姉ちゃんのほうがうまいけど、こんなのに着せちゃう人だとは思ってなかったもん」

 褒めたって何も出ないぞ、と言いつつ、じゃあどんな人なんだって。

 ネットでの「かなちゃん」の発言と言えば、印象に残ってるのは例の「愛情で動けば工学はいらん」だけど、普段から言ってるのか。リアルでもそうなのかな。

 かなちゃん、と呼ぶのはあくまで亞梨子がちゃん付けしてるだけで、ハンドルそのものはそっけなくただのKana。

 ……芋ジャーなのはむしろ正しいのか。しかし、そうなるとたしかに、ドールサイズのメイド服縫う人にはちょっと見えないな。

 アップで見ると、たしかにギャザーは不揃いだし縫い目も曲がってるし、そもそもミシンも持ってないんじゃない? っていう出来ではあるけど、それなりにがんばりました感はあるんだよね。こんなもの手縫いで作るのは、愛情じゃないのかなあ。

 そこで気づいた。これ、アングルやポーズから言って自撮りじゃない。場所は例の学校の中だろうから、同級生か部員にでも撮ってもらったんだろう。

 その、撮ったやつの指が、隅っこに映り込んでいた。

 あたしのカンだけど、このメイド服縫ったのは「かなちゃん」ではなく、この撮影者のほうなんじゃないかな……

 なんでそこで自撮りじゃなく、この芋ジャー眼鏡とロボットで撮ったのかといえば、アップ時のコメントどおり、似てるから面白いという理由だろうけど。

 だったら、なんでロボットも芋ジャーにしなかったんだろ?

 気がつくと、あたしは亞梨子のことより、疎ましいはずの「あいつら」のことばかり考えていた。その間に、亞梨子は「また会おうね」なんて安請け合いを書き込んで、それから何かを思い出したように指を止めた。

「あ……そういえば、ミサイルどうなったんだろ。もしかして、爆発しちゃったかな……」

「そんなニュースはないでしょ。わからないんだから余計なこと書かない!」

 だって、不確かなことで亞梨子が非難されるとか、そんなことあたしが許せるはずがない。

 もちろん、このとき。

 あたしたちはマジで、本当に爆発しちゃってたことは、知らなかったんですよ?

 だって、ネットのニュースにさえ、流れてこなかったし。

 ……じゃあ、いつなんで知ったかって言うと、やっぱりこの続きがあるわけで……

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