第0話(Side:可奈子)-3

「やー、持ったまま立ちっぱだとタブ重いからさ。視界と手元は影響ないでしょ?」

 一応は釈明したけど、彼女はちょっと戸惑ったのか、せっかくかけてあげたゴーグルをずり下げていた。押しつけた胸を通して、ちょっと早い鼓動が響いてくる。

「何なんや、この女」

 そう彼女がつぶやくのが聞こえた。そういやこの時点でお互い名乗ってなかったな。でも、後でいいや。ずり下げたゴーグルを戻させながら、もっと大事なことを伝える。

「さっきのプレイ見てたよ。それで、君のことが気になった。さて、私のロボットを、君はどう操ってくれるのかな」

「あんたの?」

「うん、私が作った」

 もしかして、学校の備品か本社軍の装備だと思ってたのかな。まあ、私がここにいる理由もまだ話してないもんね。

「……そっか」

 彼女の返事から、さっきまでの突っかかるような調子が取れた。なんでだろ。共有する視界で、彼女が確かめるように自分の――つまり今はロボットの――姿を眺めているのがわかる。

 車体前方の作業アームと、足下のキャタピラ。おおむね手の付いた戦車タイプの危険物作業ロボットだ。米軍のタロンとか、あのへんの系列。空飛ばないからドローンと呼んだら間違いで、UGVなんだけど、彼女に言っても仕方ないかな。ごめんよ、かっこいいアニメのロボットじゃなくて。

 でも、これがこういう姿なのは理由があってのことで、別にこれしか作れないわけじゃないからね?

 彼女が正面を向いて微速前進を始めた。コツ、コツと何か踏むたび視界が小刻みに揺れて、それと合わせたかのように、くっついた胸と胸の向こうからはトクン、トクンと鼓動が響いてくる。なんだかリズムがさっきより早い。初めての操縦で緊張してるのかな。

 こっちのセンサーにビル崩壊の地形データが入ってきてるけど、早めに教えたほうがいいか。

「前方注意」

 耳元だから、つぶやくだけで聞こえるよね。とろい、って文句を言ってたくせに、見込んだだけあって反応が早い。リアルタイムで転がってきた大きなかけらの、目の前でぴたりと止まる。うーむ、自分でやってたらちょっと当たってたタイミングだぞこれは。

「これ、持てるん?」

 やっぱり、やれることは試してみたい性分なんだね。だったらサービスしちゃう。

「アーム操作仕様そっちに送った。まあ、このくらいなら行けるように作った」

 手取り足取り、というわけにもいかなかったけど、彼女はこともなげにアームでコンクリの欠片を掴み上げて、しばしもてあそぶように動かしていた。初めてなのに落としたりもしない。飲み込みも早いなあ。うん、彼女となら、どこまでも行けそうな気がする。

「まだ時間はあるよ。どこへ行きたい?」

「いきなり聞かれたかて、ここに何があるかも知らんわ」

「もしかしたら、願望器なんか、あるかもね」

 ここが「ゾーン」と名付けられた元ネタのSFに、そんなのが出てくる。でも、彼女には通じなかったみたいだ。まあいいや。なんだかんだ言って、彼女がまた前進してくれたことのほうが嬉しかったから。

 いつの間にか、お尻の下で彼女の足がもぞもぞと動いてた。歩くみたいにぱたぱたさせてるらしい。まるで自分が、彼女に「乗って」るみたいで、妙な気分だった。


 二人で個室から出てきたとき、校内はまだ授業中だった。

「今更教室戻るのもなんだし、部室でも行こうか」

「入部するなんて言うとらんねやけど」

「なんで? うちの部来ればロボット一杯あるよ」

 てっきり、もうノリノリだと思ってたのに、なんでこそでため息をつくのかね君は。

「なあ、あんた、うちの腕だけが目当てなん?」

「まあ、第一はソレ、否定はしないけど」

 素直に答えちゃってから、顎に人差し指を当てて思案した。教室の横を通る彼女を見て、私、どう思ったっけ。それに……私はあらためて振り向き、答えた。

「でも、第一印象で、この子だったらいいな、とも思った。我ながら非論理的だけどね」 こればかりは仕方ない。納得していただけた?

「……あんたの」

「ん?」

「他のはどうでもええ。でも、あんたのロボットやったら、うちが動かしたっても、かまへんで」

 彼女は西日を浴びて金色に輝きながら、震えるように小声で答えてくれた。

「良かった」

 本当に、ね。



 間抜けなことに、お互い名乗ったのはその後。

「ところで、ちょっとだけ気になってたんだけど」

「なんや?」

「結羽って、どこの人?」

「……髪は染めとるし、言葉は親のが伝染っただけで、ただの地元民や。悪いか」

「いや、そこも魅力的だなあ、と思ってさ」



 私はロボットに恋をしたのだと思っていた。

 このときは、まだ。


                   (SIDE:K end)

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