Aliceの冒険(Side:A-2)-6
――亞梨子の様子がなんかおかしいのは気がついてた。
お出かけしたがってるのは昼前には言ってきたのに、こっちから何送っても答えてくれなかったものね。
さすがに授業中は自粛したものの、休み時間ごとに待ちぼうけをくって、集中なんかできっこない。
亞梨子が出入りしてるロボットフォーラムの履歴も検索してみたけど、やっぱり昼頃に出かけるみたいなこと言ったきり書き込みがない。
ちなみにそこ、あたし自身は登録してない。あの連中の、ロボットの「中身」についての議論についていけないからだけど。
サーボくらいならまあついて行けるけど、マイコンボードのバージョンとか、プログラミングとかアルゴリズムとか、あたしに聞かせてどうしろっての。
聞かせるつもりはないんだろうけど。
ちょっとは勉強しようかなあ、と思いつつもそれは後回しにして、あたしは病院に直行した。受付ではとくに容態とかについて言われなかったけど、待合室で、亞梨子らしき車椅子の子が、「ロケットのようなもの」を打ち上げているって目撃情報は耳にした。
間違いない。アリスを飛ばしたんだ。
おーのーれー。あたしがいない時に行くなって言ったのに!
置いてけぼり食ったこの姉の気持ちがわかるかー!?
さて、今日こそはどうしてくれようか。媚びた顔したって許さんぞ。決意も新たに、病室のドアを一応はノックする。
返事、無いし!
さては操縦に没頭してるなー。ここまで無視されては、あたしの怒りのやり場はないぞ。思い切ってドアをばーんと開け放った。
「亞梨子! あんた、レスもしないで何やってんの!?」
案の定、タブレットを持って操作に没頭していたらしい亞梨子が、びくっとしてから振り向いた。
「お、お姉ちゃん……早かった、ね」
「早かったね、じゃなーい、一体あんた、アリスをどこに……」
いや、どこにかは分かってる。ゾーンしかない。あたしが聞くべきはそこじゃなくて
「あーっ!」
あたしの話が途中なのに、亞梨子が素っ頓狂な声を上げた。
「自動帰還、押しちゃったあ……」
「まだ戻ってなかったの? いいじゃない、今日の冒険は終わり、気が済んだ?」
「ミサイルの上だったんだよ?」
「……は!?」
いや、マジでわかんないんだけど。なんでアリスがミサイルの上にいるのよ。てか、なんでミサイルなんてあるの!?
ただでさえ沸騰しかかってたあたしの頭は、ここにきて完全にこんがらがってオーバーフローした。
もちろん、あたしは昨夜からの不穏な動きは、まったく把握してなかった。ゾーンで無人機がなにやってるかなんて、普通のニュースには乗らないから。
もちろん、やばい噂はいつでも流れてる。だから、あそこに飛んでいくやつがミサイル積んでたって言われれば、そんなこともあるかもね、って思う。
けど、その場所を聞けば、なるほどそりゃ、あたしだって、ちょっと待て、って思う。
ていうか。
「なんでそれをちゃんと最初っから言わないのよ!」
あたしは我ながら珍しく、亞梨子の襟首をつかんで、ホントにマンガみたいにゆさぶりながらわめいてた。
「だ、だって、まだ、試験、終わって、ない」
亞梨子はしどろもどろになって答えた。ええ、そうですね。終わるまで控えろと言ったのは、あたしデス。
けど、落ち着いて考えてみるに、一日二日が惜しいというほどのことだろうか。
本当にゴジ○が出て、今まさに、うちのあったあたりを火の海にしてるとでも言うならともかく。
や、ミサイルぶっ込まれる先がウチだったら、そりゃあ、あたしだって「ちょっと待て」って言いに行きたくなるけどさ。
と言ったら、実際、思い出の場所に無人機が突っ込んでた、って聞かされて、あー、ごめん、ご愁傷様……としか言えなくなった。
あたしと亞梨子は実の姉妹じゃない。
同じ地域から避難してきたけど、同じ家で生まれ育ったわけじゃない。
だから、こんな時、信じていたよりは近くないんだと思い知らされる。
たまに、亞梨子が遠い。
きっとこの子は、いつか、あたしの届かないところに一人で行ってしまうんじゃないか、そんな気がする。
だとしても、行き先はきっと、あそこだ。
亞梨子は、あたしには計り知れない深いところで、元の家、と、いうより、「ゾーン」に魅入られているんじゃないかと、不安になることがある。
もし自分で走れたなら、とっくに、どこかへ行ってしまっているんじゃないか。
あたしと亞梨子を繋ぐのは、アリスだけなんじゃないかって。
気がつくと、あたしはさっきまでの剣幕もどこへやら、亞梨子の頭をぎゅっと抱きしめていた。
「……お姉ちゃん?」
「ごめん、あたし、いまいち分かってなかった」
「じゃなくて、そろそろアリスが帰ってくるから、そこのロッカー開けてくれる?」
……せっかくしんみりした気分だったのに、あんたというやつはー!
とはいえ、断れるわけもなく、あたしは後ろ髪引かれる思いで亞梨子から離れると、病室の隅にあるロッカーに近づいて、ため息をついてから開けた。
何を出してほしかったのかは、一発で分かった。
どう考えても、病室には不必要と断言できる物体――「虫取り網」が、立てかけてあったからだ。いや、目が粗いから魚取り用かな。詳しくは知らないけど、どっちにしろこれは、夏に小学生男子が持ち歩くもので、病床の美少女には全ッ然、似合ってないぞ。ていうか、あたし、こんなもん買ってきてあげた覚えがないけど、どこで手に入れたのよ?
使い方の予想も出来たけど。
「そろそろ窓開けとかないと、アリスが激突するから」
「もうちょっとおとなしい帰還方法考えよう!?」
てか。
あたしが駆けつけてこなかったら、どうするつもりだったのよ、こんなん。
なお、ジェット推進で突っ込んでくる六十センチの物体を受け止めるのは、父さんが釣った鯉をすくうより何倍も困難かつ危険だった。
あやうく、あたしまで入院するところだったぞ。試験は明日からだっつーのに!
――同室になれるなら、それはそれでありかと思ったのは秘密。
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