人形師の憂鬱(Side:A)-4

 そんな感じで、あたしの放課後は結構慌ただしい。

 例えば、亞梨子がネットで発注した3Dプリンタ出力のパーツも、うちに届いて不在だと困るから、帰りにあたしが店に寄って、ついでに荒削りまでやってから病院に持って行ったり。いくら個室にしてもらってるとはいえ、あそこでヤスリがけはできないもんね。

 ましてや基板の半田付けなど論外。

 行動圏内に作業の出来る店があるのは本当に助かる。

 眼鏡の上からさらに保護ゴーグルをかけて汗垂らしてると、なにか違うという気もしてくるけど、それを届けたときの亞梨子の笑顔を想像すれば。

 もちろん面会時間は限られているし、帰った後も慣れない布を縫わなきゃいけないしで、しわ寄せはやっぱり、授業中に来ちゃう。

 とくに昼食後の五限は鬼門。3日連続で、三人の先生に五回起こされた。

 特に優等生だったつもりもないけど、あんまり内申悪くなっても困るんだけどな。

 同級生からスイーツ食べ放題に誘われても、今はそれどころじゃなくて。

「男でもできたの?」

「そんなヒマさえないよー!」

 別に、いらないし。

 つきあい悪いと思われてるだろうな。スマホには未読のメッセージがどんどん溜まってる。けど、読むのは亞梨子からのが最優先。

 うちの事情、みんなには言ってあるはずなんだけどね。

 誰かに文句を言ったことはない。

 ないはず。


 はずだったんだけど。

「おかしい」

 ある日、あたしは授業が終わってから、不安を覚えた。

 何かあったんじゃなくて、何もなかったから。

 ここ数日、スマホに、亞梨子からの「お願い」が来てない。

 容態が悪化した? とも思ったけど、それなら病院から連絡があるはずだし、親にも知らされるはず。だから、そういう意味ではなかろうけど。

 まあ、おかげで昨日は寄り道せず早く帰れたし、早めに寝られたから、今日は居眠りもしていない。めでたし、めでたし。

 そうか?

「ねえ、今日はヒマ?」

 懲りずに聞いてくる同級生に、つい

「あ、うん、そうみたい」

 と答えてしまうのも、まあ、たまには良かろうと思ってのことだったんだけど――


 なにも、カラオケボックスまで来てから言うことでもないんだけど、やっぱりあたしはずっと、スマホになにか連絡がないか気にし続け、おかげで一曲、番号間違えて想定外の歌をうろ覚えで歌うハメになり、しかもそれがなまじっか歌えてしまったのも亞梨子の好きなアニソンだったからで、おかげで余計に不安がつのることとなり。

「時間延長するー?」

 っていう同級生の声に、なかば反射的に

「ごめん、あたしはここで」

 と答えてた。

「次、入れたの誰よ」

 うん、ごめん、次こそはあたしの大好きな昔のアイドルソングだってのは知ってる。ああ、イントロが聞こえてくる。せめて歌ってから行きたいぞ。

 けど、今のあたしのアイドルは、そっちじゃないんだこれが。

 面会時間、ギリギリだし。


 時間が遅いって事は、学校もとっくに終わってるけど、仕事が終わってる人もいるってことで。

 あたしが病院に着くと、受付から、母が来ていることを知らされた。

 看護師さんの態度からは、とくに深刻そうな様子はうかがえなかった。でも、なんか予感がして、階段を駆け上がろうとしたところで院内は走っちゃダメって、もどかしくエレベーターを待たされる。

 うん、こんなとき、ジェットエンジンが付いてればひとっ飛びだろうね。

 エレベーターが登ってる間に少しは落ち着くかと言ったら、そんなわけはなくて。開いたらもう飛び出したいけど、人目があるから自粛。

 変な汗出てるぞあたし。これはハンダゴテとは関係無い。

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