人形師の憂鬱(Side:A)-3

 でも、たしかに。もともと、あたしたちがロボット始めたのは趣味だけじゃなく……

「あ、これなら推力足りそう」

 人が目を離して懊悩してるその隙に、本人はカタログ見てた。あのなー。

「お姉ちゃんは空気抵抗の計算とかできる?」

「出来てたまるか」

「だよねえ。だったらやっぱり、余剰推力大きめにとっておきたいなあ」

「そんなん付けたら、どこまで飛んでっちゃうかわからないよ?」

「どこまでも飛べたら、そのほうがいいなあ」

 亞梨子はいつのまにか真顔になって、操縦に使っていたタブレットPCに、何故か地図とグラフを表示した。

「なにこれ」

「時間内に行って帰ってこられる範囲、速度別」

 こういうことを考えるとき、亞梨子はびっくりするほど論理的で聡明になる。

 そしてやっとあたしは、翼ならなんでもいいわけじゃなく、ジェットが欲しい理由を理解した。

 基準となる「時間」が、この病院での自由時間いっぱいで計算されていた。

 そして、一番速く飛んだときの円、その一端が、どこに達しているのか。

「あんた、どこに行くつもり?」

「わかってるくせに」

 うん、解ってる。

 天使の笑顔よりずっと確実に、あたしの心に杭のように打ち込まれた亞梨子の表情がひとつだけある。

 その顔を、いま、亞梨子はしてる。

「たしかに、ゾーンには、あたしたちじゃあ帰れないね……」



「ゾーン」と呼ばれる区域のこと、あたしも本当のことはよく解ってない。

 ただ、世に言う「謎の隔離地域」よりは、もっと身近な存在で。

 あれが発生しなければ、あたしと亞梨子が会うことも無かった。きっと。


 妹、と言っても、亞梨子とあたしに血のつながりはない。

 初めて会ったのは、「ゾーン」から何キロも離れた、知らない小学校の体育館。

 父親に連れられた亞梨子は、ロボットじゃない普通のお人形の「アリス」を抱えていた。あたしのそばには、母親しかいなかった。これは事件とはなんの関係もなくて、もとからそんな家だったのだけど、その時点ではまあ、親同士のその後のことなんて予知できるはずもなくて。

 ただ、その最初の「アリス」が、あんまり薄汚れて、服もかぎ裂きになってて、かわいそうだったから、「あたしが、繕ってあげようか」って言った。

 それが亞梨子にかけた最初の言葉で。

 そのときの亞梨子は、あの顔をしていた。

 初めて、天使の笑顔を見せてくれたのは、その一時間後。

 縫い目がきたないって、文句を言ってから、「でも、ありがとう」って。

 これは卑怯だ。いま思い出してもずるい。


「けどね、さすがにジェットエンジンは、針と糸ではどうにもならないよ?」

「燃えない布も売ってるよ?」

 亞梨子は不思議そうに首をかしげた。

 そんな気はしてたけど、あたしに縫えるもんなの、それは? 正直、自身ないよ。


 そして数日後。

 今度は、わけのわからんグッズの品揃えでは国内有数の、手のマークで有名な店で、あたしはまた迷っていた。

 注文だけならネットでも出来るけど、病院を配達先にするのもなんだから。

 来るのは初めてじゃないよ。手芸コーナーもあるからね。

 けど、それ以外のDIY素材とかになると、どこに何があるのか検討もつかなくて。ていうか、こんなところに本当にそんな、消防士の服に使うようなもの売ってるのかしら。あったとして誰がそんなもの買うんだろう。

 あたしか。

 いや、ジェットで空飛ぶ人形なんて需要、世界中でもそんなに高くないと思うよ?

 でも、店員に聞いたら、いともあっさり売り場を教えてくれて、本当に、いつも端布買うときと同じようにパックされてぶら下がっているもんだから、あたしはもう常識とか信じられなくなった。

 そりゃまあ、もちろん、「ゾーン」ほど非常識なわけじゃないけど。

 聞けばまあ、工場とか工事現場とか、火花が散るようなところで使う布だとかいう話で、それだったらたしかに、急に必要になって買いに来る人もいるかも。

 その横には、平織りの黒やベージュの布も下がってて、聞くと「防弾ベストとかに使われてる素材で」とか、物騒なことを教えてもらった。

 ……色がなんとかなれば、アリスも防弾に出来るかもしれないとか一瞬考えたあたしも、いいかげん毒されてるとは思う。

 でも、勝手に「ゾーン」に入ったら撃たれるって噂だからなあ。武装したドローンがあの上飛んでるのは、どうやら本当なんで、考えておいたほうがいいのかもね。

 とりあえず、あたしはその燃えない布と、あと小さなポリ瓶を買って帰った。

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