人形師の憂鬱(Side:A)-2
負けるなあたし。ここはでれっとしている場合ではないぞ。そう思い直して、でも顔はゆるみっぱなしのまま、あたしは横のスツールに腰掛け、あんまり可愛くない模型メーカー印の入った紙袋を渡した。
「あんたが変なこと言い出すから、あたし、慣れないお店でドキドキして大変だったんだから。カタログくらいネットで検索なさいよ!」
ホビーロボット専門店のほうなら顔なじみなんだけど、飛行機や戦車ばかりの空間はまだちょっと、慣れない。客層も、ロボットより男臭い気がした(個人の感想です)。
なのに亞梨子ときたら、お礼もそこそこに紙袋からカタログを引っ張り出してめくり始める。少しは姉をねぎらいなさいよ。
「だって通信できる時間と場所が限られてるんだもーん……これだけ?」
よりによって、そう来たか。天使の笑顔エフェクトが、無限に続くと思うな。
「あんたの要求が変なの。マルチコプターなら椅子を飛ばせるセットだってあるのに、それじゃだめなの?」
ドローン技術ってなんか、すごいことになってる。プロペラいっぱいのマルチコプターが現れてから、あれよあれよという間に大小いろいろ発売されて、そのへんの物に四つくっつけるだけで何でもドローンに、なんて製品もだいぶ前からある。実際、亞梨子の車椅子につけて飛ばせないか、って話さえしたことがある。
座ったまま飛ぶのはさすがに重すぎて、そうとう大きいのを買わないとだめなのは解ってたから、あくまで冗談。
でも、代わりにアリスだったら飛べるよね、っていうのは、まあ、わからないでもない。マルチコプターから玩具の椅子をぶら下げて、それにアリスが乗ったら、まあ、見た目はわりとメルヘンチックで可愛いと思うんだけど、どう? ブランコでもいいかな。
なのに亞梨子はそれじゃあ満足できないらしい。
「私はね、アリス自身に飛んでほしいの」
「無茶をいいなさんな」
「昔の大会で、飛んだ子いたよ?」
これは私も動画で見たことがある。丸っこくて可愛いロボットが、ダクテッドファンで飛び上がったんだ。ロボット格闘のリング上で。
それきり禁止になったんで、やる人もういないけど。
「だからって、なにもジェットにしなくてもいいでしょう」
そうなのだ。
亞梨子に頼まれて、あたしが店で物色するはめになったのは、あたしの人生にたぶん無縁だと思っていた、ジェットエンジンとかいう物騒なしろものなのだ。
あたしのジェットエンジンについての知識は二つしかない。
飛行機についてるもの。
勢いよく火を噴く。
以上。
……どう考えても、布の服着たドールとの接点、ないよね?
ていうか、燃えるよね、あたしの作った服が、さ。
「だから、呼んだんだよ」
亞梨子の顔は、わかってないなあ、と言っている。なんで、あたしのほうが諭されねばならんのか。
「言っておくけど、男子っぽいスーパーロボットみたいにしたいとか言っても聞かないからね」
「ああ、服の代わりにそういう装甲にしちゃえば燃えないね」
「その手があったか、みたいな顔すんな」
「じゃあ、私も同じ恰好したら、お姉ちゃんどう思う?」
ちょっとだけ想像した。それって現実問題としては、ロボットのコスプレした亞梨子にしかならんのでは……でも、あたしが作ればハリボテとしてもそれなりの出来にはなるはずだから……
やばっ、一瞬「ありかも」と思ってしまって、慌てて顔をそらす。
「なし、それはなしで」
だいたい、男子向けのあの手のロボット少女は、装甲の下こそ布面積小さいでしょうが。そんなもん着せたら死ぬ。悶え死ぬ。あたしが。
ただ、いまの亞梨子が戦闘ロボットみたいな恰好しても、アニメの中みたいに立つことはできないんだけど。
……いかにも薄幸の美少女然としてる亞梨子ではあるけれど、ただちに命にかかわるとか明日をも知れないとかいう訳ではないのでそこは安心なんだけど。
今のところは。
ただ、まあ、だから、自分と同じ名前のロボットを自由に動かしたいってのは、わかるんだけど、さすがにあんたにジェットエンジンがついてたことは、生まれてこの方なかったと思うよ?
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