人形師の憂鬱(Side:A)-1

「私はアリス。実はロボットなの。

 さらさらの金髪、青いエプロンドレス。

 体はちっちゃいけど、自由度は30もある。

 なんだってできるし、どこにだって行けるわ」


 ――なんて、ね。

 残念ながら、この子はそんなこと言えるほど頭は良くないし、私はロボットじゃない。でも、そのうち本当に、なんでもできるようになるし、どこにだって行けるようになる。 髪はお揃いにして、一番着たかった服を着せて。

 あ、そうそう、ひとつだけ。

 私もアリス、それは本当。


 アリスは亞梨子、亞梨子はアリス。

 神様にお願いしなくても、翼だってなんとかなるの――




 眼鏡の位置を直してから、針に青い糸を通して、生地に刺したところでスマホが鳴った。

 間の悪いこと。でも、誰からかは想像がついていた。画面の表示は予想通り。指ぬきも付けたままで画面をタッチする。

「亞梨子でしょ? 服の仕立て直しなら、もうちょっとかかるよ」

 先回りして告げたつもりが、電話の向こうからはある意味想定外、別の意味ではいつも通りの台詞。

「お姉ちゃん、それストップ。その前にお願いしたいことがあるの」

「また変更? 勘弁してよ」

 妹が突然、勝手なことを言い出すのは今に始まったことじゃない。でも、言うにしても、もう少し早いうちにお願いしたい。

「で、今度はなに。レースの柄? ギャザー増やす?」

「ううん、できれば型紙から直したいの。とりあえず画像見て?」

 ああもう、しようがない。あたしは針を山に刺し、今度こそ指ぬきも外して、送られて来た画像を見た。眼鏡にAR組み込んじゃえば楽なんだろうけど。

 あの子はデザインは送ってくるけど、自分では縫えない。だいたい、ちゃんとした型紙だって起こさない。結局、苦労するのは私だ。

 しかも、それを着るのは本人じゃないときたもんで、まあ、もともとあたしには人形趣味があったから、それはかまわないわけだけど……

 て、何よこれ。

 いつものとおり、金髪美少女が青いエプロンドレスを着てるスケッチ、に見えるけど、なるほど、これはフリルのデザインをちょっと変えたとかいうもんじゃない。

 腰の後ろに、いつもならエプロンが大きくちょうちょ結びになってるはずだけど、今度のは大きすぎるというか、これは紐とかリボンの域を越えてるでしょう。

 そう文句を言うと、亞梨子はぬけぬけと、鼻にかかった声を返してきた。

「だって、私たち、翼が欲しいの」

 ああ、もう。

 わかるけど、それは服の前になんとかすることがあるでしょうよ。

「……これだけでどうしろっていうの。今日の面会時間は何時?」

「そう言ってくれると思った。お姉ちゃん大好き」

 こうなることは最初から解っていた。

 あたしが、あの子に勝てるわけがない。


 で、結局、あたしには不似合いのラジコン専門店に立ち寄ったりしながら、面会時間ぴったりに病院に着くわけですよ。律儀だよね、あたしってば。

 病室に入ると、いつものとおり、亞梨子はベッドに腰掛けて、床を見下ろして楽しそうに笑っていた。名前の印象をなにひとつ裏切らない、線の細い美少女。その視線の先には、彼女自身を縮めたような、60センチくらいの人形、ていうかロボットが、操縦もしていないのに一人で踊っていた。

 これがアリス。いわゆるドール系ホビーロボット。金色のロングヘアと青いエプロンドレス、純白のエプロンにはフリルがマシマシ。こちらも名前のとおり、「アリス」の記号をなにひとつ裏切らない。

 まあ、このドレスを縫ったの、あたしなんだけどさ。

「またモーション足したの?」

 ひまさえあればロボットの調整をしたりプログラミングをいじったりするのは、これはもうビルダーの習性だ。もちろん、あたしもそうだ。亞梨子は顔も上げずに答えた。

「飛ばそうと思ったら、いろいろ身軽なほうがいいかなーと思って、サーボ少し抜いても飛び跳ねられるよういじってみたの」

 亞梨子はやっと顔を上げて、あたしに屈託のない笑顔を向けた。ああ、まずい、これはあれだ、天使の笑顔とかそういうやつだ。

 見慣れてるのに、まだ耐性がつかない。

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