「可愛い」を探せ-1

「彼」はいま、家にいながらにして「ゾーン」にいた。

 視界には廃墟の闇夜。だが、彼自身がそれを気にする必要はあまりない。

 彼の分身は、まだ、そこまでの道を覚えているだろうから。

 上下に激しく揺れていては、操縦する方法があったとしても、どちらにしろ出来ないだろうが……問題はない。

 ふと、その動きが一旦、止まった。カメラの光増幅機能を最大にする。たとえ光があったとしても、低い視界では見慣れたはずの道さえ印象が違う。

 しかし、電柱も倒れているおかげで、打ち付けられた地番はなんとか見えた。

「よしよし、良い子だ。ちゃんと覚えていたな。もうすぐだ、行け」

 しかし、彼の「分身」は、なにか気になることでもあるかのように立ち止まったまま、あたりをしきりに見回している。

 当事者にとっては、聞き耳を立てている、が正しいのだろうが。

「……何かあったのか?」

 彼はカメラの視界を予備に切り替えた。光度調節、をするまでもなく、突然、あたりが明るくなる。

 まぶしい、と思うまでもなく、彼は事態を察した。

「見つかったか。だが、そこまで織り込み済みだ」

 カメラの視線を上、光源に向ける。案の定、上空にはヘリコプターらしきものが飛んでいた。よくあるマルチコプター型のドローンではなく、もっと大きな、人間が乗るようなサイズの――しかし、誰も乗っていないもの。

 光芒の向こうにかすかに見える機体は灰色で、遠目にはどこのものかわからないが、おそらくは軍用のUAV。とすれば、相手は在日米軍か、民間軍事会社と考えるべきだろう。

 人間だったら、つまりもしも彼自身が侵入していたなら、警告の後、最悪なら撃たれていたかもしれない。

 そんなことは解っていた。だから、撃たれそうもないものに、使命を託した。

「気にするな。行け」

 彼はマイクを通して命じた。歩みが再開される。


 しかし――「彼」はついに、目的地に辿り着けなかった。


 * * *


 いきなり「戦場」なんてとこに放り込まれていささかは面食らったウチやったけど、連日そればかり、なんちうことは無うて。

 まあ普段の放課後は、可奈子の戦車ロボットでゾーンのお散歩。

 そうそう毎度ごついミッションがあるわけもなし。「練習大事」と可奈子がいうんはその通りやろうけど、ゲームで言やスライム倒して経験値稼ぎ、ばかり続いとう感じやろか。

 まあ、まるきり同じステージちうんは可奈子の言うとおり二度と無うて、なるほど毎日自動更新やけえ飽きはせんのやけど。

 イベントくらい、欲しいやん?

 まあ、誰かがシナリオ書いとるわけやなし、起こして、いうて起きてくれるもんやない。ちうか、狙って起こしとるやつがおったら、そいつ悪の黒幕やなかろか。

「ゾーン自体、誰かが仕組んで発生させたって噂はずっとあるけどねー」

 可奈子は相づちを打ってはくれるけど、本気でそう思っとるわけやなさそうや。

 うちがシナリオライターやったら、ラスボスは本社やろか。とか公言したら退学かね?「それは創立以来囁かれている禁断の噂なのだ。とうとう気づいてしまったね……まあ伝統的な都市伝説。いや、学校の怪談かな」

 背後からおどろおどろしい声色で部長。相変わらず、ときどきうちの背後から様子を見に来るけど、VR中はリアルの後ろは気づかへん。ちと心臓に悪い。

「言い方を変えれば、オリジナリティはないってこと。シナリオライターとしてはちょっと、どうかな」

 追い打ちのよな可奈子のツッコミにへこむ。かなわんわー。でも可奈子さんや、またちょっと、むっとしてるよな感じなんは気のせいか?

 あさってのことに気を取られとったせいやろか、いきなり警告のビープ音と赤い表示がうちの知覚に割り込んで、久々にマジでびびった。

 いつものようにばたついていた足が、びくーん、と跳ね上がったんがさすがに自分でもわかった。可奈子が「おう」と変な声上げたんは、たぶん、そのせいや。

「良かったね-、ご期待どおりのイベント発生だよ」

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