人形師の憂鬱(Side:A)-6
それから、約束どおり、きっかり三日後。
あたしは、耐火仕様のアリス服を縫い上げて、病院にすっ飛んでいったのだった。
染め具合にはまだ改善の余地があるけど、一応それっぽく見えるよね、と思ってる時点で、これっきりにするつもりがないことになるけど、それはそれ。
病室では、亞梨子がすでに増加パーツの取り付けを終えるところだった。
背中というより腰から左右に延びた翼と、その端に付けられた円筒形のジェットエンジンはあきらかに異質で、3Dプリンタを駆使して作られた少女型ボディと全然合っていないのだけど、亞梨子に言わせればこれも今日に間に合わせるための暫定措置。
ドールヘアを吸い込まないように、どっちにしろ体からエンジンを離す必要があったんで、妖精っぽくする余地がなくなったんだと。
これに服を着せると重心とか空気抵抗とかいろいろ面倒な要素が増えるから、プログラムの修正は着せてからやらなきゃいけない。
あたしが急いだのにはちゃんと理由があるんですよ、ええ。
「間に合って良かった。来なかったらこのまま飛ばしちゃおうかと思ってた」
亞梨子はアリスの翼を手で畳んだ。自動的に閉じるわけじゃない。サーボそっちに使うと重くなるから、だって。
着せちゃうともう解らないけど、アリスの胸は先日、裸で廊下に飛び出したときよりちょっとだけふくらんでる。背中のジェットとバランスとりながら、燃料入れるためだって。亞梨子はいっそのこともっと大きくしたかったようだけど、あたしが止めた。
だって本人が、そんなに、ね。まだ成長期だけどさ。
一度試着してから、あらためて翼を飛び出させてみる。一瞬ドールヘアとスカートがまくれ上がって、翼はひっかかることなくきれいに左右に開いた。開くときはバネ仕掛け、ってのは事前に聞いてたから、もちろん服もそれに合わせて裁断してある。一見ただのロングスカートに見えても、その実襞の隙間にスリット入れてあったりするのだぞ、ふふふ。
「どうやら、上手くいったね」
「そりゃもう、愛情込めて縫いましたから」
あたしはふんぞり返ってドヤ顔したけど、ここは亞梨子に抱きつくべきところだった。うかつ。しかし亞梨子は素直に喜んでくれない。
「愛で動いたら工学理論はいらない、って、かなちゃんがいつも言ってるけど、服は愛で縫えるのかな」
「だれよ、それ」
知らない名に、ちょっとあたしの心が揺らぐ。あたしの亞梨子に余計なこと吹き込むんじゃない!
「ネットのロボット友達。ドローンのすごい学校に行ってるんだって」
亞梨子はタブレットにSNSのログを見せてくれた。ああ、やばげな外資がやってるって噂のあそこか。だったらそんなことも言い出すかもね。偏見なのは承知。
いや、たしかに、愛情以外にも針と糸と多少の技能は使ってるけどね。けどね。
「じゃあ、その愛の力を確かめにいこうか」
亞梨子は車椅子に乗り移ると、アリスを膝に乗せてタブレットを手に取った。あたしはその後ろから押して病室を出る。さすがにジェットの試験飛行は室内じゃ無理。まあ、病院の裏庭なら、まだ外も明るいし、いいよね。
移動中も、揺れる膝の上で、亞梨子はバランスの調整を続ける。エレベーターを降りても気づいてないんじゃないかってくらい集中してて、外に出たときやっと、液晶が見づらくなって顔を上げた。
裏庭は、草刈りがあったばかりみたいで、ほぼ真っ平ら。ロボット的には好都合。アリスはまず、普通に地面に飛び降りた。すこし歩いて距離を取ってから、改めて翼を開く。亞梨子がタブレットを軽くタッチすると、甲高い金切り声みたいな音と、ガスコンロみたいな音が重なって、うっすらと陽炎が立ち始めた。
「だ、大丈夫なの?」
「推力重量比はちゃーんと計算してあるよ」
いや、刈られた草に火が付くんじゃないかって、そっちが心配なんだけど。しまったー、コンクリか何かの上でやるんだったな。
あたしの不安をよそに、アリスは棒立ちのまま、ゆっくりと地面を離れた。やがて、あたしたちよりちょっと上で釣り合って停止した。熱気がかすかながら吹き付けてきて、たしかにジェットで飛んでるんだって実感する。
見た目だけなら、天使とか妖精に、見えなくも無い、かな?
「ふらつくのは修正できる範囲かな。共振はしてないっぽい。服はどお?」
「いまのところ、燃えてはいない、かな」
「じゃあ、大丈夫だね」
亞梨子が言うなり、アリスは手足を振って向きを変え、いきなり、すっ飛んでいった。どういう操縦方式なのか、あたしには解らないけど、亞梨子が無茶なことやってるのは確信できた。
「あ、あんたねー!」
「大丈夫だって、いきなりゾーンまでは行かないから」
「んもー、墜落したら拾いに行くのはあたしなんだからね?」
念のため、自分のスマホにもアリスの位置情報を表示する。面倒だけど、まあ、行かないっていう選択肢はないんで。
「だから、お姉ちゃん大好き」
亞梨子はあたしを見上げて、ここぞとばかりに天使の笑顔を向けてきた。
間違いない。あたしはこれからも、無茶に付き合うことになるんだ。
そりゃもう、喜んで、だけど。
(「人形師の憂鬱」了:「Aliceの冒険」に続く)
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