Aliceの冒険(Side:A-2)

 亞梨子からの連絡が唐突なのはいつものことだけど、さすがに授業中はやめといて欲しかった。成績に影響したらこんどこそまずい、って、こないだ騒いだのもう忘れたんだろうか。

 ……覚えててもやりかねんな、あの子は。

 文句を言いたいのをぐっとこらえて、それでも机の下でこっそりスマホ見ちゃうから、まあ、自分も悪い。

 分かっていてもやっちゃうのだ、あたしも。

 けど、どんだけ急ぎの用事かと思ったあたしは、気分的には眼鏡がずり落ちそうになった。実際には落ちてないけど。

「あのねー、かなちゃんたちの活動報告、今度はゾーンで犬助けたんだって」

 よその、しかもちょっとアレな連中の活躍なんて、あたしに関係あるかー!

 突っ込みたい気持ちを、今度こそ授業中だからとこらえる。結果的には既読スルーになるが、怒るな。そんなしょうもないもん今送ってくるほうが悪い。

 じゃあ、授業中でなかったらいいのか、っていうと、あの内容だったらいつ送られていても、あたしは不愉快になる気がする。

 ロボットに問題が? いいえ。

 犬が嫌いなの? そんなわけない。どっちかといえば猫派ではあるけど。

 これも分かってはいるのだ。あの子が、顔も知らないよその誰かのことを、楽しそうに語るのが妬ましいだけだってのは。

 今はネット越しだからまだいいけど、もし直接会ったら、あの「天使の笑顔」を、あっちにも向けてしまうのではないか。

 冗談じゃない、けど、あたしには止めようもない。ロボットの「中身」の話となると、あたしは亞梨子と同じ位置に立てない。けど、その「かなちゃん」とやらはすでに立ってるのだ、きっと。

 おのれー。どこのかは知ってるが誰とも知らないやつめ。

 静かにうなっていると、額にコツンと何かが当たって、今度こそ本当に、半円の眼鏡がカクンとずれた。

「プリント回してってば。つかえてんのよ」

 前の席から、紙束が回ってきておでこに当たったのだった。いや、あたしが気づかないから、わざとつついたんだろうな、これは。

 先生からのご指名よりはましか。成績にすぐ響くということもないよね。

 あたしは紙束を回してから、内容が試験前期間の注意事項だということを確認した。あー、そんな時期だ。ロボットにかまっている余裕も無くなりそうだなあ。

 あたしの意識はそっちのほうに向いてしまって、その後の亞梨子の行動まで予想してる余裕はなくなっていた。


 面会に行くと、亞梨子はちょっと、ぶーたれた顔で出迎えてくれた。

 んなもん、授業中に送ってくるほうが悪いってば、といって聞いてくれるような性格だったら、とっくに自粛してるよね。

 けど、亞梨子の本題は、犬でもなければ、よその学校のことでもなかった。

「私も行きたい行きたい行きたーい!」

 ベッドに座ったまま、腕だけぶんぶん振る。子供か。

「ゾーンまで行って帰ってって、時間いっぱいの計算だったじゃない。アリスの改良は済んでるの?」

 行きたいとただをこねたところで、亞梨子自身が出かけられるわけじゃなし。

 外に出たら死ぬってほどのこともないけど、仮に外出許可が出ても、ゾーンには入れない。

 車椅子じゃ無理、っていう意味じゃなく、本当に入れないんだ。立ち入り禁止。周りにはしょっちゅう何か飛んでて、それが軍用のドローンだっていう話。

「かなちゃん」とやらの学校は、そのへん飛ばしてるあぶなっかしい会社と繋がりのある、豪勢だけどきな臭い学校だという噂。だから特別に、ロボットをあそこに送り込めるんだって。

 つまり、そこの生徒じゃないあたしたちは、代理のロボットでさえ入れさせてもらえないのよ、本当なら。

 けど、ホビー機みたいな小型機だったら、わりと監視をすり抜けられることもあるみたい。実際、ネット動画では、ゾーンを舞台にした地下バトルやドローン・レースが配信されてる。そして亞梨子がアリスを飛べるようにしたがったのも、まあ、そういうことをするためだ。

 違法だからだめー、とか言って引き留める段階はとっくに過ぎているから、あたしも今更そんなこと言わない。ていうか、止めるくらいだったら、ジェットエンジン対応の防火ドール服なんて縫わない。

 けど、あたしのいない時に勝手に飛び出されても、やっぱりちょっと、困っちゃうのだ。

 あたしが、行きたくないとでも思った? そんなわけないでしょ。ただ、今はまだ早いってだけ。

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