Aliceの冒険(Side:A-2)-3

 ――いくら私だって、お姉ちゃんの都合が分かってないわけじゃないんだよ?

 けどね、物語のアリスがウサギに出会ったみたいに、私たちにも、時計を突きつけて「急がなきゃ」って言ってくるのはいたの。

 最初は、かなちゃんの犬探しがそうなのかな、って思った。だって、その犬はただの迷子じゃなくて、ゾーン内の自分の家に戻ってた、っていうんだから。

 犬が帰れて、ロボットで助けてこられたんだから、ロボットで行って帰ってくることもできるよね。

 けど、それだったらまだ、我慢できた。

 だって、どうせなら私だって、お姉ちゃんと一緒に帰りたいんだもん。

 けど、夜中にネットで、ゾーン周りの情報を集めていたら、すごく気になるのに当たっちゃったんだ。

「PMCのドローンが、武装してゾーンに向かった。エリアはB方面」

 ……うちの方だ。

 防災関係とPMCと米軍が共用してるゾーン内の座標は、もうネットに流出してて、変更された様子もないの。だって誰も入れないんだし、秘密にする必要がないのかも。だから、私たちみたいな避難者にも、自分の家がどのへんということにされてるのかは、すぐに分かる。けど、そこが今、どうなってるのかは、あんまり紹介されない。

 グリッドナンバーでB-7っていうと、分類ではまだまだ、区画としてはそんなに奥のほうにはされていない。こないだ、かなちゃんたちはもっと先まで行った。

 もちろん私だって、行けるなら興味はあるよ? でも、どうしてもここだけは、ってとこ一カ所選べって言われたら、このB-7しかない。

 そこに、ミサイル積んだドローンが向かったって聞かされて、気にならないわけがないでしょ?

 今すぐにでも飛び出したかったけど、消灯時間過ぎてからジェットのついたアリスを飛ばすのはさすがに無理。音で見つかっちゃうし、残念ながらアリスにはまだ、夜間行動能力はないの。暗視カメラやレーダーまでは、さすがの私でもまだ搭載できないし、私とお姉ちゃんのお小遣い全部足しても、もう足りない。

 おちきなさい亞梨子、って自分に言い聞かせて、布団に潜った。ドローンが向かったからって、なにがあったと決まったわけじゃない。あったとしても、方向がそっちなだけで、通り過ぎて終わりかもしれないじゃない?

 なんていう希望的観測は、寝不足のまま検査受けて、お医者様のお説教を聞いて、やっとネットに繋いだころには、とっくに打ち砕かれていた。

 みんな、どこからどうやって知るんだろ。前日、ゾーンに向かったのが横田配備のPMC所属「プレデター」で、訓練弾じゃない本物のミサイル二発を装備してたこととか、軍用機マニアが柵の外から撮った証拠の写真とか、それがどうやら行方不明になってることとか、そんな、とんでもない情報が流れ込んできた。

 どういうこと? うちのほうに、ゴ○ラでも出たっていうの?

 私は時計を何度も確認した。お姉ちゃんの学校は、まだ終わってない。

 かなちゃんたちも、活動するのは放課後の部活時間だけ。いまはまだ授業中だ。

 表のネットニュースやTVは、何も言ってない。

 いてもたってもいられなくなって、私はアリスを引っ張り出した。バッテリーを、充電したての新品に交換。内部タンクに燃料を注ぎ、それから増槽もいっぱいにした。急げ、でも慌てるな。こぼれた燃料をていねいに拭き取る。ジェットが引火したら、アリスが燃えちゃう。

 チェックを終えると、私はアリスを膝に乗せて、一人で車椅子をこいでエレベーターに向かった。こんなことなら普段から腕立てとかしとくんだったかな。いや電動にしたほうが早いかも、なんて。それは今度考えよう。

 エレベーターを待つのももどかしいし、乗ったら乗ったでとっても遅く感じる。アリスの性能なら、ジェットで一気に飛び降りるのに。でも、燃料がギリギリだからぐっと我慢。こんど、病室から直接打ち出せるカタパルトかなんか作ろう。決めた。

 でも今日のところは、お姉ちゃんと試験飛行した中庭で我慢する。うっかり看護師さんに見つかるとかえって面倒。怪しまれてないよね、今のところ。

 とにかくもう、たどり着くまでがやたらと遠く感じたよ。なんで、こんなことになっちゃったかな。いやいや、嘆いても始まらない。

 中庭に着くなり、まわりに人がいないのを確認して、私はアリスを再起動した。だらりとしていた関節にテンションが戻り、手を離すと自力ですっくと立つ。

 タブレットでステータスモニタ確認。よし、何の問題もないわ。翼の展開スイッチをリリース。ロック確認。スターター始動、燃料注入、点火!

 お姉ちゃんはガスコンロみたいって言うけど、私にとってはもっと明るくなにかが点る音と光。オートバランサー、手足の駆動を空中姿勢制御モードに移行。アリスには飛行機みたいな三舵はないから、このへんはジェット背負って飛んでたおじさんがヒント。回転数が上がって、アリスの体がだんだんと上昇して、私の顔の高さを越える。

 私の手が届かないところに、アリスが届く。

 座標入力、自律飛行。別れの挨拶みたいに手を振ると、その反動で体がくるりと回って、アリスは水平飛行に移った。

 スロットル全開、初期加速!

 アリスの姿はどんどん遠くなっていくけど、私にはアリスの見ている物がわかる。


 アリスは亞梨子、亞梨子はアリス。

 神様に頼まなくたって、翼は作れた。

 私たちは、どこにだって行ける。

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