Aliceの冒険(Side:A-2)-11
本当はもっと早くに気づいてたけど、気づかなかったフリをしてた。けど、今回の件で最初に亞梨子が言ったこと。
『あのねー、かなちゃんたちの活動報告、今度はゾーンで犬助けたんだって』
あいつらの学校は部活と称してゾーンに入れる。犬を助けるってのはPMCの軍事作戦とかじゃないだろう。
犬を助けてもらえるなら、ロボットだって助けてもらえるかもしれない。
もしかしたら有料かもしれないけど。
なにより、あいつらにだけは頼みたくないっていう、あたしの気持ちが。
……でも、それは、あたしのわがままで、ただの嫉妬で。
あいつらに亞梨子を取られたくない。
でも、アリスを失ったら、亞梨子は……
やるしか、ないよね。あたしに出来ることは、なんでも。
タブレットのサブウインドウを開いて、亞梨子のいつものフォーラムに繋ぐ。「かなちゃん」のログイン記録は昼以降無い。亞梨子のアカウントでダイレクトメッセージ送っても、いつ見てもらえるかな。
あいつらの学校名で検索かけると、拍子抜けするくらいあっさりと、オープンに、ドローン部のSNSがヒットした。知らなかった。あいつら、大っぴらに捜し物の依頼受け付けてたのか。
いまここに書き込めば、今日のうちには誰かが気づいて、回収にドローンを飛ばしてくれる……よし、もう、あたし個人の感情は捨てた。
と、思ったそのときだった。
アリスのカメラに何か映った。
影が動いて、光が差してきてる。ちらちらと、動く物がある。
あたりが明るくなって、かかってる負荷が減ってきてる。乗っかっていた何かが、少しずつ無くなってきているみたいだ。
もちろん、アリスはまったく動いてない。地震かなにかがあったわけでもない。地面に落ちた影からすると、二本の、おそらくは機械のマニピュレーターみたいなものが頭上で作動してるんだ。
それが、アリスの上のものをどけてくれてる……?
あたしは改めて、アリスの首を回した。カメラを上に向けて状況を確かめるためだけど、向こうに誰かいたとしたら、ホラー映画みたいに見えるかも。
なんて、変な心配をしてたら、「目」が、合った。
まん丸の眼鏡みたいなレンズ。その下には、見間違いようもないメイド服。
アームが二本になってて、それがスカートの下から出てるもんだから、メイドとしてもものすごくはしたない仕草に見えちゃうけど、それはともかく、こんなふざけたレスキューロボットが何台もあってたまるか。
あいつらだ。
ちょ、ちょっと待って。たしかにもう、頼るしかないかもって思ったけど、まだ呼んでないし心の準備も出来てないよ!
なんで、来てるんだろ。仮に亞梨子の書き込みを見たって言っても、時間もだいぶ経ってるのに、まだここにいるなんて、普通思わないでしょ?
それとも、あんたには、あたしよりも亞梨子のことが分かってるとでもいうの!?
聞きたいような、聞きたくないような。アリスに音声関係の機能がないの、安心すべきところなんだろうか。
なんか、助かった、っていう以上のものすごい敗北感で、あたしは泣きたくなってきた。と、あたしの気持ちを察したわけでもあるまいに、メイド戦車の「手」が、止まった。やっぱり、ホラー映画みたいで怖いからか、それとも撤去できるところは終わっちゃったのか。あたしは一度眼鏡をはずして、うるんできちゃった目をこすると、しっかりとかけ直して、アリスの首を戻した。代わりに腕を動かして負荷を見る。ああ、まだ下半身にはなにか乗っかってる?
でも、手を伸ばすと、メイド戦車はその手をつかんで、引っ張ってくれた。アリスの体がずるりと抜けた。あっけないくらいに。
あんなナリしてても、さすがにレスキューロボットの作業能力は、ホビーロボットとは比べものにならないんだなあ。これはさすがにもう、悔しくもならない。
向こうはアリスを立たせてくれるつもりみたい。あたしもそうしたかったけど、ステータスモニターの赤表示はまだ全部は消えてなかった。膝関節のこれ、しまった、外部からの負荷じゃなくて破損だ。
アリスが、すとんとへたりこんだのが映像からも予想できた。首をかしげさせて膝を確認する。萌え軸とかいうのも、着けといて役に立つとは。
ああ、関節パーツ割れてる。これ、あたしがデータ持ってって3Dプリンタ出力してもらったとこだ。ぎりぎりまで見た目スリムにするため、モーターコアをインサート成形したのが裏目に出ちゃったなあ。積層だけだと割れそうな気はしてたんだよね。ここまでの乱暴な使い方はプリンタのほうも想定外でしょうけど。
幸い、もげるほどじゃないけど、このままだと歩けない。例の緊急帰還システムで帰るしかなさそうだけど、翼が開かないのも変わらず。たぶんこれは、髪が絡んじゃってるな。首を回したり、ゆすったりしたらほどけるかしら。
すると、メイド戦車は今度はアリスを持ち上げて、後ろに回した。もしかして、このままお持ち帰りされちゃうんだろうか。でも、そこから移動はしない。
しばらく様子を見てると、いきなり、翼にかかってた負荷がなくなって、展開完了のグリーンに。
もしかして、ほどいてくれた?
……実は親切な人たちだったんだろうか。考えてみれば、あたしは勝手に嫉妬して勝手に逆恨みしてただけで、「かなちゃん」が実際に何かしたわけじゃない。
悪いことしちゃったかな。
バッテリーと燃料の残りをチェック。あとは自動で、すぐにでも戻れる。けど、それじゃいくらなんでも恩知らずにすぎないか。
あたしはあえて手動離陸にして、ジェットエンジンを点火した。空中に浮き上がりながら、一度、アリスを半回転させる。
メイド戦車はちゃんと、一歩下がって見上げてた。噴射のことはしっかり避けられたみたい。さすがに今度は、下にミサイルはないはずだげと。
アリスの手を振ってみた。向こうも振り返してきた。ちゃんと伝わったと思っていいのかな。今のアリスと私で出来ることは、これが精一杯なんだ。
不思議なもので、あたしはその時点で、亞梨子の無事を疑っていなかった。
忘れていたわけじゃない。でも、アリスが助かったからには亞梨子も、って、なんとなく信じていた。
だから、病室に入るなり
「お姉ちゃん、アリスどうなった!?」
と、本人からぬけぬけと言われても、ですよねー、と思っただけ。
結局、あたしは無力だった、とは、とても言いにくいのだけど、どうせ記録映像でばれちゃう。
でも、あたしの仕事はまだ残っていた。タブレットを返して、ロッカーの虫取り網を出す。これはまだ、誰にも任せられないよね?
「お姉ちゃん」
タブレットの画面を見て何を知ったのか、亞梨子が静かに言った。何を言われても諦めるつもりで振り向いた。
天使の笑顔に不意をつかれるのは、久しぶりだった。
「ありがとう、大好き!」
まて、それは今はちょっと待て。
「……あたしも」
なんとか答えたけど、あたしのは本当はたぶん、あんたのとはもう、意味が違う。
やっと追試が終わった、というところで例によってスマホが鳴った。
もちろん誰からかは想像がついていた。画面の表示は予想通り。シャーペンも持ったままで画面をタッチする。
「亞梨子でしょ? 服の仕立て直しなら、帰ってからね」
先回りして告げたつもりが、電話の向こうからはある意味想定外、別の意味ではいつも通りの台詞。
「お姉ちゃん、その前にお願いしたいことがあるの」
「また変更? 勘弁してよ」
「あのね、帰りにどっかで、ドール用の眼鏡買ってきて。アリスにつけてみたいの」
へっ、眼鏡? それは一体またどういう風の吹き回しだろ。そりゃ、そんなんたいした値段じゃないし、ドール専門店なら常連に近い。
もしかして、亞梨子もついに、アリスがあたしとの「愛の結晶」だと理解してくれたのかしら。えー、だとしたら嬉しいけど、あたしのとおそろいの型なんてあるかなあ。半円フレームってドール用としては珍しいと思うのよね。
と、勝手に浮かれていたら、亞梨子は容赦なくあたしの希望を砕いてくれた。
「あ、デザインはまん丸のでよろしく。じゃあね」
ぷつっ、て。
おい、待ちなさい。まん丸って、そりゃどっかの誰かのほうとおそろいになっちゃうじゃないのよー!
ええ、そうですね、結局、アリスを助けたヒーローは、かなちゃんのメイド戦車ですもんね畜生!
こんなことになるなら感謝なんかするんじゃなかったよ!
逆恨みなのは百も承知だけど、あたしは「かなちゃん」へのジェラシーを再点火した。我ながら暑苦しい。夏はまだこれからなのに。
(Aliceの冒険/了)
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