Aliceの冒険(Side:A-2)-8
それから、数日は平穏に過ぎた。
もちろん、今度こそ、勝手に出るなって念を押しておいたし、あたしは試験が始まっちゃったし、亞梨子もまた、アリスのメンテと改良に専念するって約束したから。
どっちにしろ試験中はネットでカンニングできないよう、スマホ取り上げられているので、よほどのことでもないと応答できないんだけど。
だから実際、何もなかったし、ちゃんと放課後に定時連絡も入ってきて、また多少、部品買ってきてとか頼まれるけど、それは逆に、ものごとが約束通りに進んでるってことだから、勉強の時間を削られさえしなければ、問題ない。
なかった。
だから、油断した。
試験最終日、これさえ終わればあとは終業式まで休みだ、っていう期待と、でもそのためには赤点補習だけは回避しないと、っていう焦りが頂点に達した昼休み。
ノート見返しながら片手にジャムパン持って、ていう、いかにも切羽詰まった感じ最後の悪あがきしてたとき、スマホに連絡が入った。
普通放課後まで見られないって言ってるのに、よほどのことだろうか、と思ったら、ある意味ではそのとおりだった。
亞梨子からのメッセージが「助けて」だったのだ。
何がよ。焦らせるんじゃない。どうせまた新しい服縫ってとかそういうんでしょ、と、いうことにしておきたかった。
でも、今その程度のことでこんな連絡が来るはずはない。
あたしはどうしても嫌な予感が振り払えなくて、おそるおそる、直接リダイヤルした。メッセージを送ってくるからには、通信可能な場所にいるはずだ。
なのに、出ない。
「いま電話に出られませーん」という、固定応答メッセージの明るい声がいっそ空々しく聞こえる。一度通話を切ったところに、また新たなメッセージが、別のボックスに届いた。亞梨子から? でも、あからさまに怪しい。普段ならスパムとして捨てそうなやつ。
開いちゃいけない気がする。
けど、添付されていたのは、たしかに、亞梨子と関係ありそうな知らせだった。
「こないだの所で、爆発事故があった。さらに別のPMCがドローンを送った」……?
ちょ、待て、あのとき亞梨子が心配したとおり、本当にミサイルが爆発したっての?
とすると、ちょっとは罪悪感がちくりとする。でも、だとしてもそれで、いちいちまたヤバげな会社が乗り込んでくるか?
そもそも、ミサイルでやっつけなきゃいけない物ってなによ。ねえ、何があるのさ、もとウチの近所に。マジでゴ○ラとか言うなよ!
あたしは最後の手段で、病院に電話をかけた。もしかしたら、誰にも見つからないところでアリスを飛ばそうとして、一人で倒れてるのかもしれない。
こっちからの通話が繋がる前に、普段廊下を走るなってうるさい先生が教室に駆け込んできて、あたしを呼んだ。
あたしの早退・追試は、その瞬間に確定した。
うかつだった。あたしが連絡するなと言っていた間に、亞梨子はロボットフォーラムのほうに、昼から出ると予告していったらしい。
もちろん、アリスでゾーンに、だ。
わざわざ告知したのは、たぶん、あいつらと会うためだ。そう言っとけば、かなちゃん達のメイド戦車も出てくると思ったんだろう。
だからなんであと一日が待てないのよ! って、それはたぶん、さっきのニュースのせいだろうな、やっぱり。
こないだもそんなだったし。
やらずに後悔より、やって後悔。あの子はそういうタイプ。あたしとは全然違う。
問題は、どこから飛ばすことにしたのか。今まではだいたい病院の中庭だった。ジェットで草が燃える心配はあったけど、ほかに車椅子の行動範囲で、離着陸できる場所がない。強いて言えば、鍵が開いてれば屋上がベター。電波の通りがいいしエレベーターで上がれる。
もしかしたら病室から直接行けるように改良されたかも知れないけど、だとしたら、病院からの電話で「見当たらない」とか言われるわけがない。
中庭だったとしても、すぐ見つかりそうなものだけど、どうかな。
ともかく、そのことを病院に伝えて、あたしも急いで向かい、途中でやっぱり「中庭にも屋上にもいない」という連絡を受ける。
すると、どこだ。あたしに分からないようなとこにはいないはず。
もしかしてウチに戻ってる? それとも……
焦るな、「論理的」に考えろ。亞梨子がアリスを動かすときは、なんらかの理にかなった選択があるはず。
あの子はあたしより頭良いんだから。あたしがそれに追いつけるかはわからないけど、でも今は追わなきゃいけないんだ。
一人で、アリスをゾーンに送るとしたら、亞梨子がいちばん気にすることはなんだろう、そう考えてひとつ思い当たった。
増槽を抱えさせたときの、「ジェットって、とんでもない」っていうあれと、その前に見せてくれたマップの同心円。
「航続距離」だ。
それを少しでも短縮して、ゾーンでの活動時間をかせぐため、亞梨子は病院よりもウチよりも、すこしでもゾーンに近い所まで行こうとした?
でも、車椅子で行ける範囲なんて……
あった。
バリアフリーがある程度保証されてて、病院より「ゾーン」に近くて、あたしも知ってる場所が。
あたしは病院に入らず、その前のバス停で市内循環バスを待って、後ろから乗らなきゃいけない所、降りる客を押しのけて運転手に尋ねた。
いくら同じ路線でも、同じバスに乗ったとは限らないのに。
でも、当たった。たしかに昼間、いかにも「薄幸の美少女」じみた車椅子の子を乗せたって。ロボットを持ってたかどうかは分からないけど、そんなのそう何人もいてたまるか、って、あとで考えたら他の美少女に失礼なことを、でもその時は本気で思った。
あたしは、改めて、人々の罵声を背に後ろからバスに乗った。
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