うちらの学校も戦場やった件。
富永浩史
第0話(Side:結羽)-1
うちが可奈子に見つけてもろたんは、ゲームがきっかけやった。いうても別に、ゲームセンターやゲームサークルにおった訳やない。
「授業を始めるぞー。みんなゴーグルつけろ。ARモードでレジュメを表示」
先生に言われて、うちは待ってましたとばかりに自分の金色の前髪を掻き上げて、ミラーのグラサンみたいなゴーグルをかけた。教室の風景に、プリントのテキストや実験装置のCGが重なる。いわゆるVRゴーグルいうやつや。教科書忘れて困ることもない。映像教材もめっさリアル。デンノー世代の若い人材をうんちゃら、とか言い出した金持ち外資さまさまやな。
さて、こうなったらしめたもんで、うちはこっそり、ゴーグルをネットに接続し、机の下にコントローラーを隠し持ってゲームサーバに潜り込んだ。もちろん授業中にこれでゲームやるのは禁止されとるけど、んなもん、やらん手はないわ。その日のお目当てはロボット物のFPSやった。
べつに、ことさら巨大ロボットが好きなわけやないけど(実際、このゲームに原作があるのかもよう知らん)、ハードな手応えと操作スキルがはっきり出るのがええとこやね。デッキ構成がどうこうのたぐいはいまいち肌に合わんのや。
うちは、あえて強そうに見えん量産機を格闘戦仕様の装備にして、敵の弾幕を器用にかいくぐった。ネットのギャラリーども、見さらせー! いうても先生にだけは見つかったらあかんのやけどな。
敵陣のボスには長距離キャノン型が護衛についとって、同時参戦中の味方が頭吹っ飛ばされるのを横目に地形に隠れて射線を外す。そこの丘は登ったらあかんねん。迂回は基本や。ここはここで足場悪いけどな、うまく「漕げ」ばどうということあらへん。味方が囮になってくれとる間に肉薄成功したうちは、ここぞとばかりに斧を振り回して、キャノンの砲身を叩き折った。このゲームは破壊されたメカが一瞬置いてオブジェに変わる。残骸にけっつまずくこともあるし、拾うこともできる。処理のタイムラグがちとあるけど、もう一機の護衛もキャノンが重うてとろいけん、いけると踏んだうちは折った砲身をつかんで、そいつに投げつけた。飛び道具無うても、現地調達や。
さあてこれでボスが丸裸や、覚悟しいや、と思った直後。
「……結羽君?」
うちを呼ぶ声がリアルに頭上から聞こえた。あかん、ご指名か思た時には時既に遅く、ゲームから強制切断されたうえ、ゴーグル自体も物理的に取り上げられた。
ほんまもんの先生の、ほんまもんの怖い笑顔がいつのまにか目の前にあった。
「さて問題です。今は何の時間でしょう?」
「……物理の授業中やったかな」
「少なくとも電子の実験中ではないね。これは預かる。で、どうすればいいか解ってるな?」
「えろう、すんませんでした」
うちは素直に引き下がると席を立って、教室のドアを開けた。海外ドラマ的に「Get out!」言われる前にな。どうせアレを取り上げられた時点で、授業の内容も半分くらいわからんのや。お手上げとはこのことやね。
教室を飛び出したゆーても、とくに行く当ては無うて、なんとはなしに女子トイレに飛び込んでもた。まあ、鏡に映ったとおり髪は染めとるし波打っとるし、目つきもちとキツめやとは認めるけど、いまどき、とくに不良を気取ったつもりはないんで、ありがちに屋上で煙草とかいう古典的なことにも興味はない。
ITがー電脳がー、ゆえにゲーマーには居心地がエエ、と聞いとったんに、授業中はやはり怒られるゆーんはどういう学校やねん。
ゲームやれんのやったら、来た意味ないわー。いや、見た目のことはなんも言われんあたりは、まあ、ありがたいか。
「昼休みやったら、誰かん借りられっかね」
女子トイレの鏡をモニタに見立てて、空いた手でさっきの続きをエアプレイ。もう少しで敵の本陣に突入、ボスを討ち取れるはずやった。
「……むなしい」
いかにバーチャルを愛そうとも、妄想だけでは生きられんね。
そのときやった。
「君が欲しいのはこれかな?」
振り向くまでもなく、鏡に、見知らぬ眼鏡っ娘が映っとった。体育の後でもなさそうやのに指定の芋ジャージ。丸い眼鏡と愛嬌のある顔立ちとショートヘアのせいで、全体に丸顔に見えよる。ついでにさらに下では、芋ジャーの生地までまん丸く盛り上がっとる。
手にはそれぞれ、VRゴーグルとゲームパッド。たしかに欲しいもんズバリやけど、その前にうちはごく普通に聞き返した。
「誰や、あんた」
「君のメフィストフェレスさ」
それが、可奈子との初対面やった。
(続く)
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