第0話(Side:可奈子)-2
飛び出してはみたものの、あの子がどこに行ったか、なんて解るわけもないし、そもそも私の予想が当たってるかどうかも保証のかぎりではないわけで、我ながら非論理的な行動に出たものだ。さらに考えて見れば、隣のクラスだということは解っているのだから、戻ってくるのを待ち伏せたほうが確実だよねえ。
ただ、もし当たっていたら。できれば休み時間のうちに、とは思っていた。
さて、女子が一人ヒマをつぶす場所といったらどこか。私の場合は部室という選択肢がある。あちらもどこかに所属していたらそうかもしれないけど、その場合どっちにしろスカウトできないからアウト。髪が金色だったからって、いまどき屋上でタバコふかしたりもしないだろう。ていうか、うちの学校その手のは基本来ないし。や、こっそりゲームはやってたわけだけど、それはお互い様ということで。
ちなみに我が校、髪は地毛が何色だろうが染めてようがそのへん一切不問。さすが外資系。なんで、反抗心でやってる人は張り合い無いだろうね逆に。
彼女はどうなのかな? きれいだったのだけは確か。
さて、そうするとまず、ありそうなのは女子トイレあたりかね? とアタリをつけて一番手近なところに近付くと、中から声が聞こえてきた。
「昼休みやったら、誰かん借りられっかね」
西の人のような、微妙に違うようなイントネーションの澄んだ声。もしや、とのぞき込むと、女子トイレの鏡に向かってる金色の頭が見えた。間違いない、あの子だ。空いた手をなにやら動かしているけど、私にはわかる。あれ、コントローラー持ってるつもりなんだ、つまりゲームをエアプレイ中というわけだ。さっきの続きかな。
ちょっと、簡単にいきすぎてかえって戸惑う。確率を超えた何かが働いているのか。運命とかいう言葉もあんまり好きじゃないんだけど。
どう声をかけようか見計らっていると彼女の手が止まって、ため息が漏れた。
「……むなしい」
うん、気持ちはわかる。やっぱり実際にやれないとね。私はここぞとばかりに、ゴーグルとコントローラーを掲げて、もったいつけて話しかけた。
「君が欲しいのはこれかな?」
彼女はすぐには振り向かず、鏡に映った私の姿を凝視していた。私の方も、彼女の顔をまず鏡像で確かめた。りりしい感じの吊り目。すらりとして私よりちょっと長身。制服は着崩していないし、スカートも改造していない。
「誰や、あんた」
「君のメフィストフェレスさ」
うむ。とっておきのつもりが、古い偉人マンガのセリフが出てしまった。どうやら通じてないようだけど、そりゃそうか。
それより、彼女にとって大事なのはゴーグルとコントローラーのはずなのに、ようやく振り向いた彼女の視線は微妙に胸に向けられている気がするんだけど、どうよ。
「てゆーか、でかいなおい」
言っちゃうんだそこで。
「オヤジか。まあ、よく言われるけど」
つとめてドライに答えるしかないじゃないですか。相手が女の子でまだ良かった。彼女はそれ以上追及しないで、自ら本題に戻ってくれた。
「で、ウチにどんなゲームをさせてくれるん?」
「ゲームかと言われるとちょっと語弊があるけどね、ある意味、リアルさは保証」
「……もしかして、ドローンのほう?」
おお、鋭いなこの子。IT教育強化校とは仮の姿、真の目的はサイバー戦要員養成、というのは私たちにとっては公然の秘密。中でも無人機運用部は情報部と並んで最大勢力の部活だ。「ゲーム世代にドローン操縦させたら良い」というのは、単なるおじさんたちの思い込みではなく米軍での実績なのですよ。で、私は解っててここに来た人で。
「ごまかしてもしょうがない。それよそれ。ただ、ウチの部なら正式に、他の誰も入れないステージに行けるんだけど」
といっても、さしものPMCも、学生にテロリストを攻撃させたりはできなくて、私たちがやってるのはあくまで非戦闘任務だけですけど。
でも市販ドローンよりはずっと危ないことやってる。さすがにそこは、ひっかかる人もいるだろうな、と身構えたら、彼女は予想外のことを言う。
「けど現実のドローンなんて、ゲームのロボットほど格好良くないし動きもとろいやん?」
そっちか。
「そこは今のところ否定できんなあ……けど、ステージは自動的に更新されるから飽きないよ。なにしろ毎日ちょっとずつ、勝手に壊れるからね、あそこ」
「……それ、『ゾーン』のこと言うてる?」
「話早いなあ。意外と頭回るね。よけい気に入った」
私は本気で感心した。テロの跡か、ミサイルの誤射か、はたまた天体衝突か。ともかく、ここから何キロか先にそんな立ち入り禁止区域があって、私たちのロボットは、そこでの活動も許されている。
というより、何年も経って何が残ってるのか知らないけど、本社が私たちに命じてくる。もちろんそれが全てじゃないけど、ある意味、外国の戦場よりもっと得体の知れない、近くて遠い魔境。そこまで解ってくれれば、あともう。
「それじゃ、百聞は一見にしかず、てことで」
「押しが強いなあんた」
「どうせサボろうにも、ゲームは取り上げられたんでしょ?」
彼女が悔しそうな顔して黙った。図星だったらしい。同時に予鈴が鳴って、教室移動を控えた生徒が急ぎ足で飛び込んでくる。ふぇっ、もうそんな時間?
でも、ここまで話したからには、どうしても彼女に実際に触れてほしい。また後で、とは、言いたくなかった。
ええい、このさいだ。私は自分でもちょっと意外な行動に出ていた。
私は結羽を個室に押し込んで、便器のフタに座らせ、ゴーグルを被せていたのだ。貸与の備品のわりには、彼女の顔にはぴったりだった。
「お、君もわりと眼鏡似合うねえ。どうよ、このさい電脳メガネッコにならんか?」
私も一緒に個室に入って、後ろ手に鍵を掛けた。
「何考えとんねん?」
「君のことが気に入ったから、一緒にさぼってもいいかな、と思った。珍しいことですよ?」
いやほんと、普段はもうちょっと優等生だったはずなのにね。結羽の手にコントローラを押しつけると、私の眼鏡もARモード起動、タブレットPCを取り出してテザリングする。学内のWi-fi環境はここでも良好。さあ、急げ急げ。先生に捕捉されないルートで部室を通して、いま稼働中の海外オペレーターと連絡をとる。世界中にあるんだ、姉妹校。時差のおかげで授業中でも他所のオペレーターに操縦しといてもらえるわけ。えーと、いま私のロボットを預かってるのはグアムのオペか。
「GUAM―Op、Req=LD3、アイハブ・コントロール、OK?」
[OK, You have control. good luck.]
「よしデータ回ってきた」
どこかで見たようで、誰も見たことのない廃墟の風景がいつもの丸眼鏡の中に映し出された。説明するより速かろうと、結羽のゴーグルにもデータを転送。いま私たちは学校のトイレで向かい合っていながら、遠くの同じ風景を見ている。
「あ、狭いからちょっと、失礼。重いとか言うなよ」
私はちょっとはしたないかなと思いつつ結羽の太腿の上にまたがった。できればタブレットはタンクに乗せたいけど、そうすると彼女に抱きつくしかないんで。いいよね、女の子同士だし。さすがに男子相手にはこんなことしませんよ?
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