Aliceの冒険(Side:A-2)-10

 アリスは亞梨子。亞梨子はアリス。

 うん、知ってる。

 だから、どっちかだけじゃ助けたことにならない。

 でも、完全にイコールでもなくて。

 だって、アリスは、あたしと亞梨子で作ったんだから。

 だから、アリスは、あたしでもあって。

 ああ、いま自分で言って気づいた。だから、亞梨子が勝手に動かすと腹が立ったんだ。そのあげく、こうなった。

 ……亞梨子を責める気はない。アリスを「そういう」ロボットにしたのは、亞梨子のためっていう、あたしの意志でもあるんだから。

 だから、あたしがなんとかしなきゃ、っていう決意に、嘘はないのよ。

 けど、タブレット上のステータスモニターを見たあたしの正直な感想は

「あたしに、どうしろと?」

 という、しょうもないものだった。

 まず電波の入りがよくない。校舎に遮られてるせいだ。ちょっと移動すると、反射してるのか今度は良くなるけど、見事に日向で、こんなとこに昼間ずっと座ってたら、あたしだって熱中症になるし、そもそも明るすぎてモニターが見づらいぞ。

 そして、メイン画像から状況がつかめない。どうやら横倒しらしいことは分かる。目の前のはこれ、なんだろ。灰色の、なにかの破片みたいな。鉄骨とかコンクリ片とかの建物のじゃなくて、もっと薄っぺらい……なんだろ。

 前に亞梨子が言ってた状況からすると、もしかしてこれがどこかの軍用ドローンなんだろうか。破片なのは、本当にミサイルが爆発しちゃったせい?

 説明を求めようにも、亞梨子はまた意識を失って、救急車に乗せられたところ。

 ステータスを見ると、アリスのバッテリ残量もわりとやばい。

「お姉さんも乗って」

 救急隊の人に急かされて、あたしは迷った。ここからアリスの操作を続けるべきか。でも、ついていかないと。操作は病院からでもできる。あたしはアリスにスリープモードのコマンドを送って、通信を一度切った。

 ごめんよAlice達、頼りないお姉ちゃんで。けど、これじゃ、あたしには手も足も出ないよ。

 泣きたくなって顔を伏せた理由を、救急救命士の人はなにか勘違いしたらしく、命に別状はないから安心して、とか言ってくれる。うん、それは、たしかに大事なことなんだけど。

 本当のところは、ちゃんと検査しないと、わからない。なにしろ亞梨子は、ゾーンで何かを見ちゃったんだから。

 毒ガスとか、放射能とか、そういうものではないのは確かなのだそうだけど。

 けど、今までそれで命に関わるようなことはなかった。ただ、神経になにかあったらしく、外傷はないのに足がうまく動かない。

 不幸中の幸いで、原因が不明なのに、対症療法は一定効いた。だから、救急救命士の応急処置も、ちゃんと効くのだと信じたい。

 病院に着くなり、亞梨子は集中治療室に直行。あたしはその前のベンチに一度は座って、すぐ駆けつけてくれるであろう両親を待とうかと思った。

 けど、手にしたタブレットの重さが、どうしても意識から離れない。

 亞梨子に言われたんだ。アリスを助けられるのはやっぱり、あたししかいないんだ。とにかくここでは電波は出せない。

 あたしは席を立つと、エレベーターに飛び乗った。ちょうど、母と入れ替わりになったけど、事情を話している時間なんか、ない。

 呼び止めるのをムシ、したわけじゃないけど無言で振り切って、あたしは屋上へ。運良く、鍵は開いていた。なんかの映画とかで見たような、洗濯物が翻る光景。ありがたい。これの影なら、電波は通るけど日光は少しは遮られる。

 すでに日が傾き始めてて、いまごろ学校にいれば試験も終わって開放感に包まれていただろうけど、あたしの勝負はこれからだ。

 タブレットをスリープから復帰、通信環境を確認して、アリスに再接続、向こうも復帰させる。

 ああ、電脳機器って本当に、こういう時もどかしい。再起動よりはましとはいえ。

 落ち着け。あたし自身がアリスを動かすのは、だいぶ前のロボット運動会以来だけど基本は忘れていないはず。

 カメラの画像は、あいかわらずだった。あれからピクリとも動いていない。首を回して、髪がからまないか、おそるおそる動かしてみる。

 何か上に乗ってるな。やっぱりドローンの部品かな。

 アリスはうつ伏せになって、ひび割れたアスファルトの地面に倒れているらしい。動かそうとして動かないけど、負荷のフィードバックがあるから、どこに何がひっかかってるのかは少しは推測できるはず。

 ……ほとんど全身じゃないの。腕はまだなんとかなるけど、足は挟まれてだめ。

 いっそジェットで強引に引っこ抜いてみようか。いや、そもそも翼が開かない。なによりこの状態で点火して大丈夫なのかな。急に怖くなって燃料計を見た。

 さっきの時点での量を確認しておかなかったのをちょっと後悔する。現時点での適正な残りがどのくらいなのかわからない。でも、いきなりカラになっていないってことは、全部漏れちゃった、ってことは無いよね、多分?

 どっちにしろ、翼が開かないと安全装置が解除されないんだけどね……

 さすが、あたしたちの愛の結晶だけあってよく出来てる、とか感心してる場合じゃ無い。せめて、なにかつかまる物とかないか。ああ、アリスには物つかむ機能がなかった。

 やっぱり手詰まりなんじゃないの、これは。

 己の無力を確認するためだけに慌てたようなものだ。このままじゃ、無駄にバッテリーを減らすだけ。でも、節約したからって、何か起きるわけじゃない。

 いや……

 ものすごく不本意だけど、

 一つだけ、可能性が、あった。

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