水着回?@Side:A

「水着、着たい」

 亞梨子が唐突に言い出したのは、もちろん病院のベッドの上。

「どこで着るのよ。こないだ熱射病で倒れたくせに」

 あたしは遠慮無くツッコんだ。

 勝手に外出したあげく脱水して死にかけたのは、ついこないだのことで。

「着るだけならここでも着られるし、お姉ちゃんが作ってくれてもいいよ?」

 恐ろしいことを平然と言うから、あたしの半円眼鏡がかくんとずり落ちてしまった。血は繋がっていないが、それでも妹だと思ってるからあたしは自制してるんだぞ。それをあんた、水着をあたしに縫わせるなんて。どんなデザインにされても文句言うな?

 亞梨子の見た目は名前のイメージそのもの、絵に描いたような「薄幸の美少女」だけに、水着となるとどうも勝手が違うがこのさいあたしの趣味全開で、

 って、違う!

「ちょ、ちょっと実際に人が着るやつはどうかなー」

 まあ、普段はドール服ばかりだし。

「じゃあ、アリス用なら作れる?」

 亞梨子は、自分の分身でもあるドールロボットを床に伏せさせて、バタ足みたいなモーションを即興で入れた。エプロンドレスにまん丸眼鏡――悔しいことに、あたしとは違う形のままだ――のおかげで、泳いでいるようにはちょっと見えない。

「アリス、防水じゃないでしょ」

 いや、ドール用水着を本当に泳がせるために着せるヤツはいないと思うけど。

「ちぇ。いいなあ、お姉ちゃんは学校でプール入れて」

「いや、ただの体育だし?」


 なにより、さすがに泳ぐ時ばかりは眼鏡をかけられないのが、あたし的にはちょっと困る。

 というわけで、翌日学校のプールサイドで、消毒槽から上がったあたしはすかさず眼鏡をかけ直した。

 度入りののゴーグルもあるらしいから、今度買おうかな。

「そんなに見えないもの?」

 だいたい年に一度は同級生から聞かれるけど、かけてないとそいつが誰だかわからない程度には困る。だから、入ってないときはなるべくかけておきたい。

 それこそ、こう、かけていればこそ、空に浮いてるものにも気づこうという……え?

 あたしは一度目をこすってから、眼鏡をかけ直した。うむ、見間違いじゃない。プールの上空に何かいる。

「……ドローン?」

 よくあるマルチコプター型のやつだけど、しかしここは学校のプール、周りにはいまどきらしく覗き見防止のフェンスが張り巡らされ、外はもとより校庭の男子からも見えない。まあ、あたしらの格好はこれまたありがちな新型スク水で、たいして色気もなかろうが、だからって誰にでも見られていいわけでもなく。

 つまりそのドローンは明らかに怪しい。

「盗撮?」

「やだーっ!」

 気づくなり、みんな声を上げてプールサイドから更衣室に逆戻り。そりゃそうだ、あたしだって逃げる。

 一人、ソフトボール部の豪腕が塩素投げて撃墜を試みたけど、ぎりぎり届くかどうかってとこであっさり避けられた。

 通報はしたけど、さて排除されてくれるのはいつになることやら。更衣室蒸し暑いし、このまま中止にされるのもしゃくだ。

 亞梨子、ごめん。ああは言ったけど本当は、あたしも泳ぎたいっていうか水に浸かりたい。

 と、ロッカーでスマホの着信が鳴った。あたしのだ。そして相手は亞梨子。噂をすればなんとやら。

「あのね、いま授業中……」

 出といてそれもないもんだが、亞梨子はぬけぬけと

「知ってる。いま起きてることもね。大丈夫、お姉ちゃんは私とアリスが守るから」

 何を言ってるんだこやつは、と思う間もなく、外に甲高い模型用ジェットエンジンの音が。

 あたしの周りで、そんなもん載せてるの一つしか知らないぞ。水着姿を見られるのも忘れて、あたしは再びプールサイドにとって返した。

「やっぱり、アリスうーっ!?」

 いつの間に飛び出してきたのか、エプロンドレスの金髪少女人形が、いつ見ても不釣り合いな翼とジェットを広げて、プールの上に飛来していた。

 しかも、そのまま盗撮ドローンに向かっていく。

「♪行くぞーアリスー、ジェットのかぎーりー」

 スマホから、のーてんきな替え歌が聞こえてくる。まさか、と思っていると、思ったとおり、アリスは拳骨を前に突き出して、ドローンに突っ込んだ。

 ドローンのほうも、異常には気づいたようでとっさに横に避けた。アリスのパンチは空振りして、そのまま上にすり抜ける。

 でも、盗撮ってだいたい下を撮る物で、つまりドローンからは上は見えていなさそう。そしてアリスはそれを狙ったかのように空中でくるりと反転、今度は足を伸ばして急降下した。

「イナズマ・キィーック!」

 スマホの向こうで亞梨子が大昔のアニメの技名を叫んだ。いや、それはどうよ。あたし以外誰も聞いてないからいいけど。

 でも、今度こそは見事に命中。ドローンはバランスをくずしてひっくり返る。こうなると回復は無理だ。そのまま、真っ逆さまにプールに墜落。

 けど、バランスを崩したのはアリスも同じだった。

「やばっ」

 あたしはスマホを放り出し、でも眼鏡は取るのを忘れてプールに飛び込んだ。そういや準備運動もしてなかったけど、幸い心臓麻痺も起こさず、あたしの手は水面ギリギリでアリスをキャッチ。

「あちっ」

 せっかくキャッチしたアリスを反射的にプールサイドに放り投げて、手を水で冷やす。ジェットエンジンだもの、そりゃ熱いよね。

 投げ出されたアリスは憎たらしくも空中でバランスを取り戻し、プールサイドに着地してから、これも投げ出されたスマホに近寄って、勝手にタップしてハンズフリーにした。

「えへへ、どうだった、アリスの活躍は」

「どうだった、じゃない。だいたい、なんでこのタイミングでアリスが来てるの」

「だって、お姉ちゃんのピンチだし」

「さては、最初から見ていたな」

 あたしは、濡れてずれた眼鏡を直しながらアリスに近づいた。プールの深さの分で、だいたい目線が同じ。

「……お姉ちゃん、ちゃんと谷間できるんだねー」

 その瞬間、あたしは理解した。

 ドローンが来なかったら、アリスが何をするつもりだったのか。


 だからってアリスをプールにたたき込むこともできないので、亞梨子に作ってあげる水着を思い切り恥ずかしいのにしてやろうと心に決めたのだった。

                                    (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る