6-7.女王軍VS反乱軍

 剣同士が衝突し、その音が互いの耳に届く。

 シャルハは、力だけなら自分より上であるガーセルに対して、正面からその攻撃を受け止める愚行を避けていた。

 ベルストンに叩き込まれた剣技は、シャルハを男並みに強くすることではなく、シャルハ自身として強くするためのものだった。


「ガーセル卿! ボクの国を汚す真似は許さないぞ!」

「お前など王ではない! 私の軍を見ろ! これがお前に対する評価だ!」


 雨で濡れた地面を、シャルハを乗せたトリステは巧みに動く。ユスランに連れ出されて、様々なところに訪れた経験が、雨を有利へと導いていた。


「ボクの評価などどうでも良い! ボクが許せないのは、お前が国に血を流そうとすることだ!」


 ガーセルの馬も負けてはいなかった。騎士団長の馬として数々の試練を乗り越えて来たその脚は、濡れた草も地面も、全く意に介していない。

 馬の性能はほぼ互角。二人の剣は力と技術の差はあるが、全体として捉えれば、そう変わらない。


「ベルストンのような老兵を連れてくるとは、負けを認めたようなものだぞ、シャルハ!」


 ガーセルの攻撃がシャルハの剣を弾く。

 だがシャルハは弾かれた勢いで後ろに引っ張られた剣を、宙で即座に持ち直した。逆手握りにして下から斬り上げ、ガーセルと間合いを取る。


「負けかどうかは、負けた時にだけ決まる。師匠はお前より、ずっと長く騎士団長の地位にいた。軍の指揮はお前よりも上だ」


 二人の周りでは、今も激しい戦いが繰り広げられていた。

 同じ国の同じ兵法。軍の数もほぼ同等となれば、あとはその戦力の精度が物を言う。


「それに師匠は怒っている。ボク達が何度叱られたか覚えていないのか?」

「あぁ、あの嘘吐き執事のことか? 馬鹿な奴だ。私に従えばよかったものを」


 甲冑の下で、ガーセルは怒りを堪えた声を出す。


「私は嘘吐きは嫌いだ。先王もベルストンも、執事もメイドも、嘘吐きの馬鹿ばかりだ! 私が王になったら、先王とお前の名を歴史から消去してやる」

「ボクの国で好き勝手はさせない。ボクはこの国の全てを愛している。嘘吐きも馬鹿も皆好きだ。だが、お前のように自分だけ好きな奴は御免被る!」


 トリステの前足が地面を蹴る。

 間合いに入ると同時に、ガーセルが剣を横に薙いだ。シャルハは馬の背に殆ど体を接するようにして、それを紙一重で避ける。

 手綱を操って、ガーセルの右側に回り込み、剣で相手の利き腕を叩きつけた。腕甲に阻まれはしたものの、十分な衝撃が与えられた手ごたえが伝わる。

 ガーセルは剣を落とすかと思われたが、左手で右手を支えるようにしながら、再びシャルハと距離を取った。


「国を愛する? 馬鹿馬鹿しい。やはりお前には王の資格はない。王の義務は天使を愛することだろう。後手に回すから、お前は天使を愛さないし、愛されもしない」

「違う。ボクは――」


 その時、敵陣から飛来した矢がシャルハの正面に飛んで来た。

 咄嗟に剣で払うも、それがガーセルに隙を与えた。

 両手で剣を構えたガーセルは、馬の腹を足で蹴って合図し、一気に間合いに入り込む。

 右手の力を半減させたとは言え、男の両手で振りかぶられた剣を受け止める力は、シャルハにはない。


「くそっ!」


 シャルハは手綱を取り、トリステに右に避けるように指示する。

 剣の振り下ろされた先から馬を退避させることは出来たが、剣の切っ先が左肩から腕を斬りつけた。

 肩と腕の境目にある、甲冑のない部分に刃が入り、その下の鎖帷子へ達する。威力が削がれても十分に重い一撃が鎖を断ち、シャルハの肌に食い込んだ。


「トリステ! 下がれ!」


 肩から流れる血を押さえ、シャルハはガーセルから離れる。

 銀色の甲冑に血が伝って、地面に落ちた。傷は深くないが、皮膚の表面を削ぐような怪我だったために出血量が多い。


「私が王だ」


 ガーセルが剣を向けたまま、何かに憑りつかれたかのように言った。

 王であれ、と言われて育てられて、誰にもその真偽を正されないまま生きて来た男にとって、王こそが全ての価値のようだった。


「お前を倒して、私は王になる!」


 ガーセルが剣を振りかぶった時、二人の間を白い影が横切った。

 それが白い馬だとシャルハが気付いた時には、馬の上から飛び立った何かが、ガーセルの剣の上に立っていた。


「ウナ!」


 剣の上に立った天使は、ガーセルを冷たい目で見下ろしていた。

 王の証を目の前にして硬直した男は、何も言葉を紡げず、かといって剣を下ろせずにいた。

 裸足で剣の上に立っているにも関わらず、掠り傷一つ作らずにウナは立っている。その唇がやがて、静かに言葉を発した。


「私の「宝物」を傷つけたね」









「天使様の宝物は、シャルハ様です」


 闘技大会で、ベルストンはシャルハにそう言った。


「ボク?」

「先王がウナ様に与えた、たった一つの宝物です。そして先王もまた、先々王からウナ様が貰った宝物。この意味がわかりますかな?」


 シャルハは顎に手をかけて考え込む。

 やがて一つの答えに行きつくと、戸惑いながらも口を開いた。


「王になる人間が、ウナの宝物なのか?」

「だと思います。でも天使様は国を護る存在です。なのに何故、宝物が個人なんでしょうな?」

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