1-2.空腹天使

「悪くはないね」


 祝賀会用の果物や肉を手づかみで食べながら、ウナはそう言った。

 シャルハは不機嫌にそれを眺める。王の部屋は一人が使うには広すぎるほどだが、かといって天使を一緒に住まわせる環境とは思えない。


「なぜ神殿に行かない」

「空腹を感じちゃったから」

「天使は食事をしなくてもいいと、先王には聞いたが」

「そこなんだよね」


 ウナは肉を頬張りながら、シャルハを見返す。


「私は確かに食事は必要ない。なぜなら愛情を食料とするから。なのにこの数日間、そなたからの愛情が感じられないので腹が減って仕方ない。知ってる?愛情で腹は減る」

「初耳だ。大体、愛せよと言われてもボクは女だ」


 その台詞にウナは細い肩を竦めた。


「別に先王達は肉体的に私を愛したわけじゃない」

「それは知っている。しかしボクは女性に対して愛情を抱いたことはないし、そちらもそうだろう。だから初めて会った時にあんな言葉を言ったのでは?」

「シャルハは賢い。概ねその通りだよ。そなたが女性を愛したことがないように、私も女性から愛されたことがない。まぁだから……神殿に籠っているより、積極的にそなたと関わるべきだと思ったの」

「……女性に愛されることがピンと来ないのであれば、ボクを廃すればいいのでは?確か幾人かの王を廃したのだろう?」


 過去、三人の王はウナによって廃位へ追い込まれた。

 理由は簡単で、その王たちはウナを愛さなかった。偽りの愛情でウナの力を使役しようとした。

 その王たちは城の敷地内にある塔で寂しい最期を過ごしたと伝えられている。


「愛とはそういうものじゃない。そなたが女性であるというだけで愛情がないと判断するには、一緒に過ごした日々が短すぎる。愛とは形にならないからこそ、長い目でみなければいけないの」

「長い目ねぇ」

「それに少なくともそなたは国民には愛されているようだから、私の気分一つで廃位することなど難しいし」


 愛されている、という言葉にシャルハは自嘲気味の笑みを見せた。


「どうだろうね」

「ん?」

「女王即位の話が出た時に、結構反対意見もあったんだよ。先王の嫡流はボクだけだが、王族には他にも男はいたしね。そちらを擁立すべきだという意見も多かった。

 今日だって民衆はボクを祝ってくれたけど、今後どうなるかはわからない。小さい頃からそうだった。剣で男を負かせば「女のくせに」。負ければ「女だから」。恐らく先王の時よりも民衆が王を見る目は厳しくなるだろう」

「そういうものなんだ。人間とは厄介だな。天使にはそういうことはほぼない」

「ウナには関係ないことかもしれないが、そういう王を持ったということを認識してほしかったんだ」


ウナがそれに何か返そうとした時、扉がノックされた。


「失礼いたします、姫」


 黒い執事服を着た、背の高い男が入ってきた。ウナを見ると、そちらに恭しく礼をする。

 年はまだ三十の半ばだが、細面と鋭い目のために年齢の判断は一目でつかない


「天使様もこちらにいらっしゃいましたか」

「私のことは気にしなくてもいい。シャルハに用なんでしょ?」


 男は頷くと、再びシャルハの方を向く。


「ガーセル卿からお祝いの品が届いております」

「ガーセルから?珍しいこともあるものだ。後で確認する。礼はお前から言っておいてくれ」

「はっ」


 執事は端的に答えると、すぐに部屋を出て行った。ウナは指についたソースを舐めとりながら、質問する。


「今のは、先王からの執事?」

「ルーティはボクのことを快く思わない一人だ。わざとボクのことを「姫」と呼ぶ」

「ガーセルというのは?」

「先々王の孫。ボクにとっては従兄だ。といっても父の妹の子供で、王位継承者としては少々弱い。まぁ彼はボク以外に先王が子供を成さなかったから、自分が王になるんだと思っていたようだけどね。ボクの王位継承が決まってからも、ガーセルを王にしようとする一味がいるんだよ。ルーティも恐らくそっちの人間だ」


 ガーセルは騎士団隊長を務めているが、王としての教育は受けていない。

 だが先々王の風貌を受け継いでいることもあってか、ガーセル派の人間は一定以上いる。


「折角だから、近いうちに会おうかな。向こうの出方も知りたいし」

「私もその時は一緒にいる」

「何故」

「だから言っただろう。私はそなたに積極的に関わると」


 ふふん、と何故だか偉そうに言い切ったウナに、シャルハは即位してから何度目かの殺意を握りつぶした。


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