5-6.天使の羽と生命

「天使様、次は何を食べますか?」

「林檎!」


 来賓席の一番隅で、ユスランはウナのために食べ物を取り分けていた。

 他の席にも酒や料理が用意されているものの、ユスランの席だけ明らかに量が異なる。

 先ほどから絶え間なく食事を運んでくるメイドや執事たちは、その半分をユスランの席に置きに来ていた。


「ユスラン、別に私のことは放っておいてもいいよ。試合、見てないでしょ」

「見てますよ」


 ユスランはイチゴを指で摘まんで、それを口に運んだ。


「戦争はしないに越したことはないですが、軍隊は必要ですからね。勉強になります」

「そなたは平和主義かと思ったけど」

「……平和は好きです。馬が人間のせいで傷つくこともない。でも雇用や経済のことを考えると、軍隊を持たないわけにはいかない。突然軍を失くせば、他国に攻め入られて、国が滅んで、多くの国民や罪のない動物が死んでしまうかもしれない」

「そうなんだよね。平和のために軍事力が必要というのは、矛盾しているようで、結構正しい部分もある」


 難しいね、と言いながらウナは分厚いステーキ肉を大口を開けて頬張った。


「世界を平和にするのはね、愛なんだよ」

「天使様は愛の力でこの国を守ると言いますが、それほどまでに王の愛というのは強いものなのですか?」


ユスランの問いに対して、ウナは何でもないような調子で返した。


「シャルハ一人が私を愛したって、意味ないよ」

「え?」






「天使が死んでしまうとは、どういう意味だ?」


 開会の挨拶を終えてから、暫くは黙って試合を見ていたシャルハだったが、遂に耐え切れなくなってベルストンに尋ねた。


「ボクがウナを愛さなければ、ウナは死んでしまうと?」

「天使様は愛がなければ生きていけない。過去に天使様を愛さなかった王が廃されたのは、そういう理由です。この国は王よりも天使のほうが価値がある。しかしその天使を生かすのは王なのですよ」


 老人の言葉を、シャルハは必死に理解しようとする。

 ウナは我儘で自分勝手な振る舞いが多いが、シャルハは決してウナを嫌ってはいない。どうやったら愛せるかわからずに、三ヶ月も経ってしまったが、自分の責務を放棄したわけではなかった。


「天使を愛するのは歴代の王に与えられた試練でございます。だからこそ、その意味は代々の王が自分たちで答えを導いてきました。それも天使様を愛するための努力です。三ヶ月経っても天使様が女王陛下を廃さないのは、その努力を買っているのでしょう」

「三ヶ月では遅いということか?」


 老人は試合を真剣な表情で見つめながら、ゆっくりと頷いた。


「天使の羽を、女王陛下はご覧になりましたか?」

「……何故」

「これは先王から教えていただいたことですが、天使様には本来美しい羽があるのです。しかしそれを出すのには愛の力を多く必要とする。天使様はその身に残った先王の愛で生き延びている。それが尽きる前に、女王陛下は愛を示さなければならないのです」


 シャルハは来賓席の方に視線を向ける。

 ウナはユスランの隣で食べ物を頬張っているが、その背中に羽はない。即位してから一度も見たことは無いし、見たいと言っても断られた。


「じゃあそう言えばいいじゃないか。なんでウナはボクに何も言わないんだ」

「それはわかりかねますが、天使様は女王陛下を信じているのでしょう。きっと自分を愛してくれると」

「でも、ボクはまだ……」


 シャルハの言葉を、ベルストンは静かに遮った。


「天使様が女王陛下を廃さないのは、既に愛を見出しているからです。そもそも天使様に愛情を微塵も抱いていないのであれば、既に身動きすらとれなくなっているでしょう。後は女王様がご自身で、愛を理解するだけ。それだけです」

「それだけと言われても、どうすればいいんだ?」

「私は王ではありませんからな。先王や先々王の言葉からぼんやりと理解しているだけですが、一つ助言をいたしましょう」


 フィールドでは剣が混じり合い、火花が散っている。

 ベルストンは一瞬それを見ながら「なんとまずい剣だ」と呟いた。


「……天使様の宝物の話を聞きましたかな?」

「あぁ。教えてくれなかったが」

「先王に頂いたと言っていたでしょう」

「言っていた。師匠は御存知なのか?」


 力任せの剣が鈍い風切り音を立てる。相手を力だけでねじ伏せんとする剣は、しかしそれを迎撃した刃によりあっさりと砕かれた。

 折れた剣の先がフィールドに落ちて、乾いた音を立てる。


「天使様の宝物は――」

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