ep4. 王子と騎士

4-1.晴天下のピクニック

 青い空、白い雲、のどかな風。

 どこまでも続く丘陵は、なだらかな線を描いて青青しい。


「はぁ」


 その景色の中で、シャルハは溜息をついた。

 乗馬用の軽装を身にまとい、傍には愛馬が暢気に草を食んでいる。共に戦場を駆け抜けた黒い馬は、心なしかいつもの凛々しさを忘れて浮かれているようだった。

 傍では白い馬が、これも浮かれ気分で草原を闊歩している。その騎上には、金髪金眼の天使が乗っていた。


「どうしたんですか、溜息なんてついて」


 反対側から話しかけられて、シャルハはそちらを振り返る。

 枝ぶりの良い木の下に用意された、木製のテーブルとチェア。その上に並ぶのはアフタヌーンティーセット。

 ふっくらと焼きあがったマフィンやスコーン、そして大振りのイチゴを煮詰めたジャム、上品な匂いを漂わせる紅茶。


「こんなにいい天気なのに、溜息なんてついたらもったいないですよ」


 隣国の王子、ユスランが微笑みながら紅茶を差し出す。


「退屈だ。ピクニックなんてボクの性分に合わない」

「そうなんですか? メイド長さんが、こんなに色々用意して下さったのに?」

「ボクがお淑やかなことをすると思って、張り切ったんだろう。何も前日にテーブルとチェアまで運ぶことはないのに」

「狩りの方がよかったですか?」


 シャルハは小さく肩を竦めた。

 婚約者選びのパーティで出会った隣国の王子は、悪い人間ではないものの、シャルハとは性格が異なりすぎる。


「君は狩りが性に合わないのだろう。他国の人間をもてなすのに、苦手なことをさせるわけにはいかない」

「僕は他国の人間というよりも、シャルハ女王の友人としてやってきているだけなのですが」

「そうか。だが周りはそう見ないからな」


 黒い馬が低く嘶くと、白い馬が駆け寄ってきた。

 互いの鼻先を擦りつける様子を見て、ユスランが嬉しそうにする。


「娘はトリステ君のことが気に入ったようです。トリステ君は彼女は?」

「え……いないんじゃないか。聞いたことも確認したこともない」

「まさか彼氏が」

「それも知らない」

「クレハはお転婆なので、トリステ君くらいどっしりとして落ち着きのある男の子のほうが良いかもしれないですね」

「シャルハー」


 白い馬の上に立ち上がったウナが、シャルハに手を振る。


「この馬、とっても可愛いの。ウキウキしながら歩くし、蹄がキュート」

「流石天使様はお目が高い。娘の爪は毎日僕がオイルを塗り込み、手入れをしているんです」


 馬を娘と言って憚らないユスランは、ウナの褒め言葉に誇らしげな顔をする。


「そなたは愛情深いね。でも毎日だと大変じゃない?」

「娘のためなら僕の手が多少傷つこうが、大したことではありません」

「だって、シャルハ」

「なぜボクに振る……。その変わり者を基準にされたら、世の中の殆どの馬を持つ人間は愛情深くないことになる」


 隣国の王子を変わり者扱いするのは少々問題があるが、当の本人は褒め言葉だと解釈しているし、このところシャルハも遠慮がなくなっていた。


「我が女王も馬の事は大事にしているんだけど、私のことは大事にしてくれない」

「天使様、女王様は少し恥ずかしがり屋なのですよ」

「待て。ボクを置いて勝手に話を膨らませるな。ボクはウナにはこれ以上ないほど丁重に接しているつもりだが?」


 ウナは眉間に皺をよせながら、シャルハの隣に飛び移る。


「私にとっても最大の敬意は、愛なの」

「だから、それが出来ないから別の事で補っているじゃないか。ピクニックだって連れてきてやっただろう」

「まぁそれは嬉しいけど。これはそなたの力じゃなくて、ユスランの力だからね」

「まぁまぁ、お二人とも。折角美味しいお菓子があるんですから」


 ジャムをたっぷりつけたスコーンを、ユスランがウナに差し出す。


「はぁ……そなたの慈愛の一欠けらでも女王にあればいいのに」

「してもいいが、心は込めないぞ。いいのか」

「それは嫌だ」

「女王様もどうぞ」


 同じようにスコーンが手渡される。

 シャルハは礼を述べてそれを受け取った。


「しかし、君も物好きだな。隣国とは良好な関係を築いているとはいえ、こちらまで来るのは大変だろうに」

「自国にいてもやることがありませんし、この国には美しい風景が多いですから」

「当然。私の愛する国だもの」


 ウナが自慢げに言う。シャルハはそれに関しては否定しなかった。

 この国はウナによって豊かな実りを約束されており、そのためか国民の気性も穏やかな者が多い。


「で、今回はいつまで滞在を?」

「どうしましょう。クレハがこの国を気に入っているので、一週間ほどはいたいと思います」

「好きにすると良い。お父上から手紙と土産物まで頂いている以上はボクの客人だ」


 パーティから二ヶ月が経つが、ユスランは足繁くシャルハの元に赴いていた。

 娘を紹介する、と言ってクレハと言う名の白い馬を連れて来たのを皮切りに、何かと理由をつけてはシャルハに会いに来た。


 クレハは繊細そうな整った顔立ちをしているため、城にいる馬たちが夢中になって求婚をしているとは馬舎係の言である。

 また、珍しい白馬ということもあって、城下町では「白馬の王子様が女王様に会いに来ている」と専らの噂らしい。

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