3-9.血の上の天使

 道化師たちの奇術を眺めながら、残されたウナは一人で食事を楽しんでいた。

 そこに執事のルーティが、絨毯の色とよく似た小さい敷物と、椅子を持って現れた。手際よくその敷物を床の上に敷いて、更にその上に椅子を置く。


「天使様、宜しければお使いください」

「天使に豚の血の染みの上に座れって言うのは、そなたぐらいだよ」

「敷物は敷いております」

「まぁいいけど」


 ウナは肉の積まれた皿を抱えたまま、椅子の上へと飛び乗った。


「あのメイドはいつまで放っておくつもり?」

「ティアですか?先ほど何故かカーテンの裏で悔しそうに地団太を踏んでいたので下がらせました」

「ねぇ、ルーティ。天使に隠し事は通用しないんだよ」


 ルーティは眉一つ動かさずに、シャルハが動かした衝立を元通りに戻し、テーブルの上の汚れも大皿や燭台で誤魔化す。


「道化師に紙風船を渡したのは、そなたでしょう?」

「そのほうが目立って良いかと思いました」

「大変だね、反女王派として振る舞うのも。まぁガーセルみたいな小物には有効かもしれないけど」

「小物、ですか」


 鉄仮面のようなルーティの表情が少しだけ緩んだ。ウナはそれを一瞥して、話を続ける。


「別に私は、私を愛してくれるなら誰でも良かったの。でもあの男は自分のことしか愛していない。だったら国民のことは愛しているシャルハのほうがいい。でもシャルハは人を信じすぎる」

「それには同意致します。姫は良い意味でも悪い意味でも純真です」

「だからそなたは、反女王派の振りをしているんでしょう?先王の言いつけ通り、シャルハを守るために」

「ご不満でしょうか、天使様」

「好きにすればいいよ」


 ウナは可笑しそうに笑って、肉にかじりついた。


「大事なのは、我が女王が私を愛してくれるかどうかだから。愛することが出来ないなら廃するまでだし」

「そうならぬよう、祈っております。……あの王子はいかがですか」

「いいんじゃないかな。特に取り柄もなさそうな王子だけど、愛情深いからね。あれだけは生まれ持った素質だから」


 壇上で道化師が口から火を吹いた。ウナはそれを見て無邪気に両手を叩く。その傍らでルーティは、静かに笑いを堪えていた。


End.

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