4-2.料理は愛情表現
「ねぇ、我が女王」
「何だ」
「そなたは料理出来ないの」
「王が料理をする理由はない」
「だから、そなたはまだ王として認められてないってば」
冷静に指摘されて、シャルハは黙り込む。
確かにシャルハは王になったが、それはあくまで人間の間の決め事である。ウナに認められて初めて本物の王になれる。
愛がないと王と認めないウナにとって、まだシャルハは仮初の王に過ぎない。
「シャルハの料理が食べたいなー」
「ボクに料理が出来ると思うのか」
「あれだけ剣捌きが出来るなら、ジャガイモくらい剥けるよ」
「剣でジャガイモが剥けるか。第一なんでボクが料理なんかしなくてはいけないんだ」
「え、だってご飯を作るって究極の愛情表現だよ」
ウナはさも当然と言わんばかりの口調だった。
「人は何か食べないと生きていけないでしょ。自分で作って食べることも出来るけど、それを誰かに委ねることも可能なわけ」
スコーンを齧りながら、ウナは饒舌に話し始めた。いつもながら不思議なことに、作法など無視した食べ方にも関わらず、食べかす一つ零れない。
「誰かにご飯を作る時、そこには相互の信頼関係がある。極端な話、料理を作る人が料理に毒を仕込むことだって出来る。だから毒見、なんてことをする人間もいるわけだけど」
「あぁ、よくありますねぇ」
「相手を信頼していたら、そもそもそういう発想にならない。出されたものを食べるのは、そういう意味で信頼の証とも言える。それに食べた物はその人の命になるわけだから、料理を作る人は、食べる人の命を支えるの」
「じゃあ巷で働く料理人は、実に愛情深いことになるな」
シャルハが茶化すように言うと、ウナは呆れたように眉を寄せた。
「捻くれてるなぁ。仕事は別物だよ」
「天使様、女王様は料理をしたくないので駄々をこねているんですよ」
「知ったような口をきくな。君だって出来ないだろう」
「僕は出来ますよ」
ユスランがなんでもないような調子で言ったので、シャルハは面食らう。
「料理をするのか」
「まぁ料理人のように手際よくは無理ですが。パンぐらいは焼けなければ恥ずかしいでしょう」
「恥ずか……」
「このスコーンを作るのに、小麦がどれだけ必要か、他に何を用意するべきかわかりますか?」
全く想像が付かないので、シャルハが黙り込んでいると、ユスランは優しい口調で続けた。
「王族に献上されるものは高級品が多い。国民が口にする小麦の質が落ちても、王族までそれが伝わることは少ないのです。自分で作ろうとすれば、小麦の値段の変動や、その質の変化もわかる。城下町での流行を知れば、流通の変化だって読むことが出来ます。たかが料理、されど料理です」
「う……」
「あ、勘違いしないでください。僕は女王様を責めているわけではありません。一つの考え方として受け止めていただければ」
天使と王子に切々と諭されて、シャルハは返す言葉もなかった。
幼少期から剣術と馬術に明け暮れて、女らしいことは一切しなかったし、周りもそれに文句を言わなかったから、シャルハの中で料理の価値は非常に低いものとなっていた。
「そなたの得意料理は?」
「お恥ずかしい。得意と言えるものはシチューくらいです」
「シチューは小麦とバターと野菜が入ってる。値段の変動や流通を知るにはいい料理だね」
「えぇ、それに滅多なことでは失敗しませんから」
「シャルハに教えてあげてよ。それで私はそのシチューを食べるの」
パーティの時のように二人で盛り上がるのを見て、シャルハは少し不機嫌になった。
それがウナに対するものなのか、ユスランに対するものなのかは不明だった。
「仲が良くて結構だな」
「あれ、妬いてるの?」
「妬いてなどいない」
「女王が料理出来ないことなんて予測してたから、そんなに落ち込まなくてもいいよ」
「どうせボクは剣術ぐらいしか取り柄がない、可愛げのない女だ」
テーブルに頬杖をついて、二人から顔を逸らす。
その様子を見て、ウナが困ったような声を出した。
「拗ねちゃった」
「僕が失礼なことを言ったせいでしょうか」
「人間って劣等感とか優越感で、いちいち浮き沈みするから、天使からすると、偶に不可解なんだよね。料理が出来ない劣等感を刺激しちゃったんだと思うけど」
「うーん……でも別に女らしくなくても、女王様は可愛らしいと思うのですが」
ユスランの言葉の後、暫く沈黙が流れた。
それを打ち破ったのは、呆気にとられたシャルハの声だった。
「何だって?」
「え?」
「今、なんて言った?」
「女王様は可愛らしいなぁと」
「はぁあああ!?」
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