4-3.罪深い女王

 草原にシャルハの声が響き渡る。

 二頭の馬が、何事かと動きを止めて、自分たちの主人を振り返った。


「正気か」

「正気も何も……、そうじゃなければわざわざ国を越えて会いに来たりしません」

「君は国王にボクの婚約者として選ばれるために通っているのではないのか」

「え?」


 ユスランはきょとんとした後で、「あー」と呻くように言った。


「僕は婚約者のパーティに呼ばれたわけではなく、父に挨拶に行くように言われただけですが。お会いした時にも、そう言いませんでしたか?」

「言ってたね」


 ウナが今度はケーキに手を伸ばしながら言う。


「シャルハはコルセットがきつくて、あまり覚えてないみたいだけど」

「今更結婚などしなくても、この国とは国交が盛んですし。第一それが目的なら、パーティであんなに隅にいません」

「それはそうだが……だからパーティの時にいまいち話が合わなかったのか?」

「なるほど、やけに兄のことなど聞くから変だとは思っていました」


 シャルハは思わず脱力して、テーブルに臥した。


「じゃあなんで君は此処に来るんだ」

「はぁ。それを僕の口から言わせるとは、女王様は罪深いですね」

「だってボクはこの通り、女性らしくもなければウナに王とも認められていない半人前だぞ。君にとって利益などないはずだ」

「利益がないと女王様に会ってはいけないのでしょうか。というかそれなら、そちらも一緒でしょう。第五王子などと会う必要などない。僕の誘いなんて簡単に断れるはずです」

「……そういえばそうだな」


 そこでシャルハは違和感に気付いた。

 何故、この男の誘いに乗って、あちこちに出かけているのか。特に深い考えもなく応じてきたが、どうして断らないのか。

 自分で自分の行動に疑問を持つ。


「何故、ボクは君と出かけているんだろう」

「何ででしょうね」


 ユスランはのんびりとした口調で言いながら、紅茶を注ぎなおす。


「でも女王様は僕のことを嫌いではないのでしょう?」

「……嫌いではないが」

「よかった」


 笑みを浮かべる相手に、シャルハは自分の頬が少し熱を持つのを感じた。

 よくわからないが、このまま此処にいることに脳が警告を出している気がした。


「少し散歩をしてくる」


 そう言って立ち上がったシャルハに、ユスランが視線を上げる。


「あ、この先に素敵な花畑があるそうですよ」

「花畑よりもボクは滝のほうが好きだ」

「では滝に行きましょう」

「待て。なんでついてくることが前提なんだ」

「一緒に見た方が楽しいですよ」


 ユスランが口笛を吹くと、クレハが近づいてきた。


「さぁ、滝に行こうね。素晴らしい滝だそうだから、きっとお前も気に入るよ」

「私も行く! 今度はトリステに乗ろうっと」


 シャルハが止める間もなく、二人は出発の準備を始めてしまった。

 先に黒馬に乗ったウナが、シャルハを促したので、仕方なく馬に跨る。馬同士も何か友好を深めたのか、愛馬のトリステは上機嫌だった。


「調子が狂う……」


 シャルハは手綱を引きつつ呟いたが、誰もそれを聞いてくれる者はいなかった。

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