私を愛して王になれ

淡島かりす

私を愛して王になれ

ep1. 天使と女王

1-1.天使は女王を認めない

 広場に詰め寄せる民衆の目は、一様に城のバルコニーに向けられていた。

 高くそびえる白い壁と円錐型の屋根が特徴的なその城は、その国の王族が代々暮らし、そして民衆を護るためのものだった。

 広いバルコニーには、ビロード張りの大きな椅子が置かれ、その前には金糸と銀糸で豪奢な刺繍をされたマントを羽織り、宝石をちりばめた王冠を被った人間が立っている。

 背筋を伸ばし、凛として立つその姿はまさしく王たるものの威厳を携えていた。

 短い銀髪をきらめかせ、穏やかな微笑みを浮かべる王は、白くて美しい手を民衆に向かって振る。


「新王万歳!」


 民衆は興奮気味に声を張り上げた。


「女王様万歳! シャルハ女王様、万歳!」


 かくして此処に、初めての女性の王が誕生する。

 先王たる父親の意志を引き継いだ、一人娘であるシャルハはまだ二十歳の若さであるが、王女というより王子としての教育を受けたため、剣技などは生半可な男が裸足で逃げ出すほどである。

 十五歳の初陣では見事敵国の包囲網を突破し、将軍の首を土産として持ち帰った。

 母親譲りの美しい銀髪を惜しげもなく肩ほどまでで切り、父親譲りの凛々しさのある顔は唯一口紅のみを化粧としている。身にまとう物は常に男装であり、今も騎士の軽鎧姿だった。

 そんなシャルハを憧れとする若い娘は数多く、今バルコニーから見えるだけでも複数の娘が興奮のあまり声を引きつらせていた。

 愛すべき民衆を見下ろして満足気に微笑んでいたシャルハは、しかし次の瞬間顔を強張らせた。


「言っておくけど、私はまだそなたを王とは認めていないからね」

「なんで此処にいるんだ。奥にいるように言ったじゃないか」


 シャルハは背後の椅子を振り返る。

 そこには、見た目は十歳ほどの少女が不遜な態度で座っていた。

 背丈よりも長い金髪は艶やかで、零れ落ちそうな目と睫毛も同じ色をしている。透き通るような白い肌と小さな口唇には健康そうな血の色が透けている

 一見、普通の少女のようでいて、その口元に浮かんだ笑みは老練の女占い師を彷彿とさせるものがあった。


「冷たいこと言うと困っちゃう。私はそなたを王となる器かどうか見ているだけ。そなたの命令を聞く筋合いはない」

「後で美味しいものをあげるから、戻っててくれないかなぁ」


 再び微笑みながら手を振る作業に戻ったシャルハに、少女は鼻で笑って応えた。


「随分民から愛されているようで何より」

「うわ、凄い棒読み」

「そんなことないもん。私は愛の天使。愛には寛容であり、そして慈悲深い」

「何が愛の天使だよ……」


 この国の国王には、一つの義務がある。

 それは城に住まう、天使「ウナ」を愛すること。その愛によってウナは国を守護し、繁栄をもたらすとされている。


「大体、神殿から出てくるなんてボクは聞いていない。先王もそのまた先王の時も、神殿から一歩も出なかったというじゃないか」

「別に私が何をしようと自由でしょ。人間の理屈で私を縛り付けるなど、愛が感じられない。その点、先王は非常に慈しみ深い男だった」


 想起するような声に、シャルハは頬を引きつらせる。愛の天使のことは知っていたし、世継ぎとして育てられた彼女は父や祖父から色々と聞かされていた。

 その当時のことを思い出しながら、シャルハは声に棘を含ませる。


「父上は、貴女のことを「とても優しい天使」だと言った。悪いがボクにはそうは思えない」

「批判されちゃった。もしかして最初に会った時に「えー、女?」と言ったのを根に持ってる?」

「当たり前だ。王が男でなくてはいけないなど、古臭くて溜息が出る」

「別にそんなつもりで言ったんじゃないけど、そなたの気を悪くしたなら謝る。謝ったので、早いところ挨拶を済ませて、私に美味しい食べ物をよこすといい」


 シャルハは思わず喉元まで出かけた言葉を、必死になって飲み込んだ。

 ウナは王に愛され、そしてその愛の代償として国を守る。そしてそれは同時に、ウナが王の愛を認められなければ国の崩壊を意味していた。

 だからどんなに第一印象が悪かろうと、その不遜ぶりに辟易しようとも、王となったシャルハはそれから逃れることを許されない。


「それでは愛の祝福を。それさえあればすぐに挨拶を終えられる」

「断る。そなたからの愛がないのに、私が力を振るうことは無理なの。まだ辛うじて先王の愛は残っているが、これはそなたに使うべきものではない」

「………叩き斬りたい」

「残念だけど、そなたに天使は斬れない」


 かくして此処に女王と天使の物語が始まった。




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