5-2.黒馬と白馬の恋

「武闘大会は僕も呼んで貰えますよね?」


 当然、と言わんばかりの口ぶりだったのでシャルハは思わず答えに詰まった。

 王城の中庭に用意されたアフタヌーンティ。それを囲むのは二人の人間と一人の天使。そして給仕役として傍に控えている執事が一人だった。


「見たいのか?」


 尋ね返すと、隣国の王子であるユスランは笑顔で頷いた。


「興味があります。女王様も参加したことがあるのでしょう?」

「あぁ、師に言われて何度か。意外といいところまでは行ったのだが、男に比べるとどうしても力や持久力が劣ってしまうから、負けてしまうんだよ」


 騎士姫の異名を持ち、戦場でも大いに武勲を上げて来たシャルハだったが、連戦式の試合というものは苦手だった。

 実戦と違って、正統派であることを求められるので、上手く力をコントロールすることが出来ずに体力を消耗してしまう。

 最後には剣をまともに握るだけで精一杯になり、負ける。それが騎士姫シャルハの定石だった。


「師には随分と怒られたものだ。ボクが真面目だからよくないと言われた。馬鹿正直に男と腕比べをするように剣を使うから負けるのだと」

「師というのは?」

「ガーセルの前の騎士団長だ。父の腹心の部下でもあった。そうだな、ルーティ?」


 紅茶のポットを手にして控えていた執事は、平淡な声で肯定を返した。


「前騎士団長は若い時分から国王に仕え、ビスト境界戦争の際には一番槍として敵地に向かったほどの勇猛の持ち主です」

「今もこちらにいるんですか?」

「いえ、ガーセル卿にその座を譲った後に騎士を辞めて、今は故郷の村におります。陛下、ご即位してから挨拶も済んでおりませんし、招待してはどうでしょう」


 ルーティの提案に、シャルハは良い思い付きだとばかりに微笑んだ。


「それはいい。師への挨拶をしていなかったことはボクも罪悪感があったしな。相手は武闘大会で三回もの優勝を果たした名誉騎士だ。特等席を用意しよう」

「お言葉ながら、陛下。前騎士団長はそのような華美は好まれません」

「誰が華美だと言った? どうせなら一緒に見たいからボクの隣に席を用意しろという意味だ」


 シャルハがそう言うと、ユスランが驚いた声を上げた。


「え、じゃあ僕はどこから見ればいいんですか?」

「君は来賓席に決まっているだろう。対外的にはただの隣国の王子なんだから」

「残念です……」

「泣かないで、ユスラン。代わりに私が隣にいてあげる」


 スコーンを頬張りながらウナが慰める。

 当初山積みだったスコーンは、今や半分以上がウナの体内に収まっていた。


「ありがとうございます、天使様」

「授与式以外はシャルハと一緒にいてもいいんだけど、ベルストンはちょっと苦手」

「ベルストン?」

「今言ってた、シャルハの剣の師だよ。悪い人間じゃないけど、私の扱いが気に入らない」


 ウナはスコーンをもう一つ摘み上げて、口の中に押し込むようにして頬張る。口の周りをジャムで染めながら、ウナは金色の瞳をルーティへ向けた。


「というわけだから、私の席はユスランの隣ね」

「かしこまりました。しかし前騎士団長はウナ様に会いたがると思うのですが」


 その言葉に、ウナは鼻で笑った。


「天使は人間の接待なんかしませーん。シャルハ、そっちのケーキ頂戴」

「はいはい。最近、よく食べるな。成長期か?」

「これ以上、私が愛され天使として成長を極めたらどうするの?」

「どうもしない」

「冷たい」


 大袈裟に泣き真似をしながら、それでもしっかりケーキを受け取ったウナは、生クリームとイチゴをたっぷり使ったそれを口に運ぶ。


「ユスラン、ユスラン。そなたが好きなシャルハは、私のことが嫌いみたいだよ。不平等じゃないかな」

「安心してください、天使様。女王様は不器用なのです。ウナ様への愛情表現が下手なんですよ。現に僕にも冷たいです」

「冷たくなんかしていないだろう」


 シャルハは紅茶を飲みながら反論する。


「君が勝手に城に来ようと、ボクの愛馬を連れ出そうとも、多めに見てやってるじゃないか」

「トリステ君がうちの娘とデートしたいというので仕方なく」

「馬の言葉が理解出来てたまるか」

「いやー、餌の人参を食べないでクレハに差し出してきた時点で、僕にはわかりましたね。お付き合いの申し込みだと」


 ユスランが愛娘だと言う白馬は、シャルハの愛馬の黒馬と、近頃良い雰囲気になっている。

 城にユスランが来ると、馬小屋の一角を貸してクレハを入れておく。一頭ずつに区切られているにも関わらず、何処に入れてもいつの間にかクレハは、トリステのいる場所の隣に移動している。

 目撃談によれば、他の馬たちと話し合いらしきものをして移動しているようなのだが、そこまで来ると怪談に近い。


「トリステ君が何時間も悩んでから人参をクレハに上げたときには感動しましたね」

「何時間もって……君は何処で見てたんだ」

「彼らの目の前です。いつも僕はクレハに子守唄を聞かせるのですが、その日は全然寝てくれなくて。今思えば僕が野暮でした。トリステ君も僕が見ている前ではお付き合いを申し込みにくかったでしょう」

「君が帰らないので、トリステも覚悟を決めたんだな」


 最初の頃は、馬を娘だと言い張るユスランのことが理解出来なかったシャルハだが、今はもう半分諦めて受け入れていた。

 馬が娘でも、シャルハには何の関係もないことだし、自分には愛さなければいけない天使がいる。つまるところ、あまりクレハについて突っ込むと、自分自身にそれがそのまま返ってくることに気付いてしまったせいでもある。


「女王様にも人参をあげましょうか」

「いらない」

「ではもっといい物を探してきましょう」


 嬉しそうに言うユスランに対して、シャルハは少しだけ顔を赤くして視線を外した。

 その様子をウナは愉快そうに、ルーティは笑みを堪えながら見守っていたのだが、シャルハにそれを察する余裕はなかった。

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