4-6.微かな違和感

「ほう、それでは狩りを楽しまれる」

「えぇ、特にこの時期は最高です。鷹狩を好むのですが、この鷹の羽で作った矢が、またよく飛ぶのですよ」


 そろそろ慣れて来たドレス姿で、シャルハは隣国の騎士団長と向かい合って、紅茶を飲んでいた。

 テーブルの上には絢爛豪華な食器や、贅の限りをつくした菓子などが並んでいる。

 昨日、外で食べたものとは雲泥の差だった。


「女王様も狩りは好きだと伺いました」

「あぁ。馬に乗って野山を駆けるだけで気分が高揚する」

「素晴らしい。女性が狩りなんてと眉をひそめる老人も多いですが、俺から見れば実にくだらない。狩りは楽しんだ者が勝ちですからね」

「君は良い見分を持っているな」


 久々に話の合う相手を得て、シャルハは普段よりも饒舌になっていた。

 ドルテは背の高い偉丈夫で、赤い髪と日に焼けた肌が特徴的だった。弁は爽やかで、物腰も紳士的。何よりも趣味が合う。

 少なくとも、花畑に行きたがるような男よりは。


「女王様は我が国にいらしたことは?」

「幼少期に行ったことがあるだけだ。そちらでは鉄の加工において素晴らしい技術があると聞いている」

「えぇ、特に鎧などについては軽くて丈夫、しかも細部の装飾までもこだわっています。女王様がご入用でしたら一つお贈りしましょう」

「戦があれば考えても良いが、幸い今は平和だからね。考えてはおこう」

「あぁ、確かに国勢も落ち着いていますね。良いことだと国王も仰っています」


 相手と軍事や国交の話をしながら、「悪くない」とシャルハは感じていた。

 こういう相手が理想だった。自分を女性と思って下に見ない、王として扱ってくれる人間が。

 つまるところ敬意を示してくれる人間が目の前にいるということは、シャルハにとって喜ばしいことだった。


「ところで女王様」


 話が剣術から馬術、弓術まで及んだところで、相手が言いにくそうに口を開いた。


「なんだ」

「今日はドレスをお召なのですね」

「貴殿が来たので、袖を通したが、どこかおかしいだろうか。何しろ未だに慣れていないから」

「変なところはございません。ただ、その……」

「ハッキリ言いたまえ」

「女王様にはいつものお召し物の方が似合うかと」


 シャルハはその瞬間、馬から落ちた時のことを思い出した。

 大した怪我もしなかったのに、落ちた瞬間に腰を打ったものだから、全身が痛くてたまらなかった。今思えば痺れていたのだろうが、小さい頃の語彙では、それが全て痛みになってしまったのだ。


「似合わないか」

「いえ、とんでもございません。ただ、いつも女王様の凛々しいお姿を見ていたものですから」


 今の感情を言い表せる言葉を必死に探す。痛いとしか言えなかった子供時代でないのだから、沢山言葉はあるはずだった。

 だがどうしてもうまくいかない。

 ドレスなんて嫌いだった。コルセットは痛いし、スカートは長くて踝に絡みつく。おまけに華奢な靴は何処に体重をかけていいのか悩ましい。

 男らしい恰好には慣れているし、女らしくない自分を認めてほしかったはずだ。

 だから、今の言葉にシャルハは喜ばなければならないはずだった。

 ドルテに笑い返して「そうだろう」とでも言ってしまえば良いのに、それがどうしても出来なかった。


「まぁ……今後必要になるかもしれないのでね」

「騎士姫のお姿をいつも遠くから見ておりました。銀色の甲冑に、青い首当てをした姿は美しかった」

「ありがとう」


 何かが違う。

 褒められているのに、それを望んでいたはずなのに、全く嬉しくなかった。


「ボクは……」


 何か言わなければいけないと思って口を開いた時だった。


「失礼いたします」


 ドアを開けて、ルーティが部屋の中に入ってきた。


「御歓談中、申し訳ございません。女王陛下を天使様がお呼びです」

「何の用事だ」

「ご公務でございます」


 ルーティは表情を変えずに言い切った。

 ドルテがその会話を聞いて、「それはいけない」と立ち上がる。


「公務の邪魔をしては申し訳ない。俺は退散します」

「まだゆっくりしていけば良いではないか」

「いえいえ、他にも挨拶をしてから帰りますので」

「……そうか。大してもてなしも出来ずに悪いことをした。非礼をお詫びする」


 シャルハは丁寧に謝罪の言葉を述べると、ルーティを呼んだ。


「ドルテ騎士団長が御不自由ないように世話をしろ」

「畏まりました」

「それではドルテ殿、失礼をする。足りないものなどあれば、遠慮なくルーティに言いつけてくれ」


 そして謁見室を後にしたシャルハは、未だに燻るものを心の中に秘めたまま、自分の部屋へと戻った。

 ルーティが何も言わなかったということは、ウナは先ほどと変わらない場所にいるはずだった。

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