4-7.毒味はしないで
「ウナ」
部屋の扉を開けると、そこにはウナと、ユスランがいた。
思わずシャルハは数歩後ずさる。
「隣国の王子と言えど、人の留守に勝手に入るとは何事だ」
「私が呼んだの。文句ある?」
何故だか少々不機嫌なウナが言い返す。
だがシャルハも負けず劣らず不機嫌だったため、語気を強めた。
「何のためにだ」
「だってシャルハいないから遊び相手欲しかったの」
「じゃあボクまで呼ぶな」
「女王様はいないのかと僕が聞いたら、呼んでいただきまして」
「君か、原因は!」
扉を開けたまま言い争いをしているのも妙なので、シャルハは一度扉を閉めてから、二人に向き直った。
その時、ユスランが小さく首を傾げて口を開いた。
「今日はドレスなんですね」
「なんだ。似合わないだろう、どうせ」
「どうせって?」
「だから……、っ」
シャルハは不意に自分が言いたかったことを悟る。
先ほど感じたものの正体が、何の前触れもなくシャルハの中に落ちて来たような感覚だった。
「君は男の格好をしたボクと、女の格好をしたボクと、どっちがいい」
「はい?」
「いいから答えろ」
シャルハが認めてほしかったのは、「男の格好をした自分」ではなかった。騎士姫でも半人前の王でもなく、ただ自分であるということを認めてほしかった。
女の格好をしなければ、そのことに気付かなかったかもしれない。しかし、コルセットにもドレスにも慣れて来た今、男の格好だけ認められるのは、シャルハの望んだ結果とは違っていた。
「お前の国の騎士団長は、女の格好をしたボクより、男の格好をしたボクのほうが好きだと言った。お前はどうなんだ」
「なんでドルテが急に出て来たんですか」
「質問に答えろ」
突然のシャルハの剣幕に、ユスランだけでなくウナも気圧されていた。
金色の瞳を見開いて、何事かと驚いているウナを、シャルハは一瞥する。
昨日、ウナは食べ物を作ることは究極の愛だと言った。誰かが作った料理には毒が入っているかもしれない。信頼している人間なら毒見は要らないと。
しかしそれは逆ではないかとシャルハは考える。
信頼しているから、毒が入っていないと安心するのではない。もし毒が入っているとしても、信頼しているから疑いもせずに口にする。
外をどんなに取り繕っても、それが本来の姿ではないだろうと毒見をされるより、どんな姿でも毒見なしで口にするのが愛なのかもしれない。
「そうですねぇ」
ユスランはゆっくりとした口調で言いながら、シャルハに近づく。
毛の長い絨毯を踏み分けるような足取りで、シャルハの間合いに入った。
「少なくとも、今の女王様はあまり好きじゃないですね」
そう言って右手を伸ばし、興奮しているシャルハの目尻に浮かんだ涙を拭い取った。
「笑っている方が可愛いです」
数秒の沈黙の後、シャルハは自分でも涙を拭いながら笑みを浮かべた。
「ボクの質問の答えじゃない」
「そんなこと考えたこともないので、答えようがないですね。白い馬が好きか、黒い馬が好きか、ぐらいのどうでも良いことです」
「ボクは黒い馬が好きだ」
「僕は白い馬が好きです。特に娘は可愛いです」
「どうでもよくないじゃないか」
二人して笑いあっていると、ウナがユスランの背後から顔を出した。
「シャルハ、何なの急に。なんで泣きながら笑ってるの?」
「ボクは毒見されたくないんだよ」
「何の話?」
きょとんとしているウナとは別に、ユスランはその意図に気付いて口角を片方だけ吊り上げた。
「女王様の毒であれば、僕は平らげて見せますよ」
「死ぬかもしれないぞ」
「望むところです」
「ちょっと、人間達! 天使にわからない会話しないの!」
珍しく蚊帳の外に追い出された形となったウナが、慌てた声を出す。
それに応じる二人の声が混じり、賑やかなものとなった。
「姫にも困ったものですね」
扉の外の廊下。
室内の賑やかさに耳を傾けていたルーティは、相変わらずの鉄仮面で呟いた。
ドルテを見送ってから戻ってきたのだが、今は入らない方が良いだろうと判断してのことだった。
「そうやって手間がかかる癖に素直なのが、ご幼少の頃からの美点ではありますが。……これでガーセル卿がどう動くのかが見物ですね」
二人の仲は放っておいても良いだろうが、隣国の王子と婚約したという話が広まれば、反女王派は焦り始める。
昔から、王の伴侶は天使に認められることが唯一絶対の条件である。
二人が婚約するということは即ち、天使が女王のために婚約者を見分し、そして許可を下ろしたという事実に他ならない。
「諸外国の動向も気になりますが……」
女王の即位によって、他の国からは良い意味でも悪い意味でも注目されている。
少しでも弱みを見せれば、一気に崩されてもおかしくない。
ルーティは普段は殆ど表に出すことは無いが、この国を愛していたし、その国を守る王族の事も等しく敬愛していた。
美しいこの国を、戦争などという無粋なもので汚すわけにはいかない。まして国民達を苦しめたりする王など要らない。
「あの自己愛の塊のような男に、国を治めさせるなんて冗談じゃありません。頼りなくても、前例がなくても、姫以外に王はいないのです」
強い決意を口にして、ルーティはその場を後にする。
扉の向こう側では、まだ楽しそうな声が続いていたが、ルーティはまだその中に入るわけにはいかなかった。
END
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