6-8.私を愛して王になれ

「あ……、あぁ……」


 ガーセルはどうすれば良いかわからないまま、剣を中途半端に振り上げた格好で、間抜けた声を出す。


「無事ですか、女王様」

「ユスラン! なんで来たんだ!」


 白馬に乗ったユスランは、城にあった甲冑を借りて来たらしく、少々似合わない格好だった。


「天使様が暇だというので連れてきました」

「だって、お城に誰もいないんだもん。つまらないよ」


 剣の上で振り返ったウナは、拗ねた子供のように口を尖らせた。

 しかし、思い直したように真面目な表情になると、真っ直ぐにシャルハを見下ろした。


「我が女王。私を愛する覚悟は出来た?」

「……あぁ」


 フェイスガードを押し下げて、雨に顔を晒したシャルハは、迷いのない瞳でウナを見た。


「恐らく、だけどね。出来たと思うよ」

「それではシャルハ。我が女王」


 さぁ、とウナは言葉を促し、両手を広げた。



「私を愛して王になれ」



 周りの喧騒が遠ざかり、シャルハの視界にはウナしか映らなくなる。

 実際には状況も景色も目には入っているが、それら全ては愛を告げるのには無用とばかりに霞んでいた。

 二人しかいない静かな空間で、シャルハは三ヶ月越しの答えを告げた。


「ボクはこの国を愛している」


 晴れの日も雨の日も、病める時も健やかなる時も。

 結婚式の誓いの言葉を思い出しながら愛を囁く。


「この国を代表して、王が誓おう。天使よ、ボクの国に愛されてくれ」


 ウナは暫く黙っていたが、その顔が満面の笑みに変わった。


「大正解!」


 その背中に大きな白い翼が出現する。

 剣を蹴って宙に飛び上がった天使を、女王軍も反乱軍も呆気に取られて見上げていた。


 今より遥か昔、ウナはこの国を愛し、其処に住みたいと願った。初代国王はそれを受け入れた。

 だが人間の国で、天使は余りに異端すぎる。初代国王は迷った末に、ウナに国を護る守護天使になって欲しいと言った。

 守護をする天使という名目があれば、異端であれど人々に受け入れてもらえる。それが初代国王の「優しさ」だった。


 しかし、王が変われば、当然の如く天使という異端が目立つ。

 ウナがこの国にいられるよう、初代国王は、天使を愛することを王の義務とした。そしてウナは王への試練を与える役を受け持った。

 王はこの国の全てを受け止める覚悟をしなければならない。その覚悟があって、初めて天使へ「愛」を示せる。国に愛してもらったウナは、また其処に住むことが出来る。

 それがこの国の、王と天使の真実だった。


「天の兄弟よ、我が女王に高らかな祝福を!」


 ウナの声が空の雨雲を散らし、その向こうに隠れていた太陽を曝け出した。

 千切れた雲の隙間から差し込む陽の光に照らされ、天使は美しい羽を揺らす。神殿のステンドグラスに描かれた姿より、遥かに美しい天使がそこにいた。


「此処に王は決まった。シャルハ女王を正式にこの国の王と認める!」


 その言葉を聞いたガーセルが、剣を地面に落とし、馬の上で項垂れた。それを見た女王軍の面々が、即座に捕縛にかかる。

 他の反逆軍たちも次々に武器を捨てる中、ベルストンが馬でシャルハの元に駆け寄った。


「女王様、お怪我は」

「大したことはない。良い肉でも食えば回復する。それより死者は?」

「元々戦力が互角だったのが幸いして、怪我人が多いですが死者は殆ど出ておりません」

「そうか。怪我人は城に戻り手当を。反逆者達はとりあえずガーセルの城にでも入れておこう。これから忙しくなるだろうが……」


 シャルハはウナを見上げてから、明るい声で言った。


「まぁどうにかなるだろう。ボクはこの国の王だからな」


 天使を愛した女王は、晴れやかな笑顔を浮かべていた。


END

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