4-4.天使は滝に降りる
この国にはいくつかの「絶景」がある。
中でもその滝は、人里から離れたところにあるため、隠れた名所として有名だった。
轟音を立てながら落ちる滝は細かな水しぶきを上げ、小さな虹を生み出し、滝の落ちる先には鳥たちが根城とする小さな島がある。
「此処は最初に天使が降り立った場所だと言われている。あの島には天使の足跡があるという話だが……」
滝を見下ろせる崖の上で、シャルハは説明をしながら、ウナに視線を向けた。
ウナは馬から降りて、滝を見下ろしていたが、視線に気付いて振り返る。
「どうなんだ、実際」
「知りたい?」
「気になるじゃないか」
「少なくとも、足跡云々は嘘だよ。私はそんなに重くない」
「まぁ、ウナは軽いというか、飛んでいるからな」
天使由来の場所は国内に点在する。
如何にも本当らしいものから、どう考えても眉唾なものまでさまざまであるが、王族はそれらを肯定も否定もしていなかった。
「わぁ、噂に違わず素晴らしいですね」
ユスランは興奮気味に滝を見ながら感嘆符を零す。
その傍らで馬も機嫌よく足踏みをしていた。
「かつて僕の国には天才画家と言われた、ジルという男がいたそうです。彼は大陸中の絶景を絵に描きましたが、中でも有名なのがこの国の滝の絵です」
「あぁ、その名は知っている。ボクも何点か見たことはあるが、まるで風景を切り取ったかのような絵だったな」
「えぇ。ですが肉眼で見ると、一層素晴らしいですね」
楽しそうなユスランを見て、シャルハは先ほどの嫉妬に似た何かが落ち着くのを感じた。
「君は絵とかは描くのか」
「いやぁ、道楽程度です。やはりあぁいうのは生まれ持った才能で左右される」
「そちらの国では芸術への造詣が深いと聞いた」
「あぁ、貴族階級が多いのと、国民が基本的に陽気なんですよ。そうだ、女王様も是非いらっしゃいませんか。きっと気に入りますよ」
「君の国に私が行くと、多分遊びにいくどころではなくなるだろうな」
隣国とは百年以上にわたって、良い付き合いを続けている。
赴いたところで問題とはならないだろうが、それなりの接待を受けることは必須だった。
「君への接待ももっと豪華なものにしたいのだが、如何せんお決まりのものばかりでね」
「僕はクレハ用の寝床を下さるだけで十分です」
「だが……」
「シャルハ、シャルハ」
滝の周りを飛び回って遊んでいたウナが、シャルハの元に戻ってきた。
「ユスランを接待するなら、私がしてあげる」
「ウナに何が出来るんだ」
「ふふん、愛され天使のウナ様に不可能はない。今日は気分もいいしね」
そう言ったと思うと、ウナは滝の下へと飛び降りる。
鳥たちに混じって楽しそうに歌いながら、小島に降り立ったウナは、両手を上に掲げて二人に手を振る。
「見ててねー!」
次の瞬間、ウナの周りの水が金色に輝き始めた。
それは瞬く間に滝を染め上げて、流れ落ちる黄金へと変える。虹はそれまでの七色に銀の輝きを得て、一層美しい色を放った。
「……すごい」
呆然と眺めながらユスランが呟く。
それは二人が今まで見たこともないほど美しい光景だった。
まるで天が祝福するような輝きが、周りの森までもを照らし、飛び交う鳥達が虹の輪を潜り抜ける。
「綺麗でしょ、綺麗でしょ」
再び崖の上に戻ってきたウナが、はしゃいだ声で言う。
暫し見惚れていた二人は、我に返ってウナを見た。
「素晴らしいです。天使様」
「こんなことが出来たなんて初耳だ。これが天使の祝福というものか?」
「まだこんなものじゃない。私の力はもっと強くなる。シャルハが私を愛してくれるならね」
「……ん?」
シャルハは少し引っかかって首を傾げた。
滝は段々と元の姿に戻っていく。
「私の愛情を認めてくれたから、力を見せてくれたんじゃないのか?」
「え、シャルハから愛情なんて全然感じないよ」
「なら何故。先王の愛は残っているけど、使わないと言っていたじゃないか」
「そのつもりだったんだけど、シャルハがあんまり鈍いから……、まぁちょっとした激励ってところかな」
「鈍い?」
「鈍いよねぇ、ユスラン」
「そうですねぇ」
また何やら二人だけで分かり合っている様子に、シャルハは複雑な想いを抱いていた。
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