1-4.王族の歓談

 従兄であり、騎士団長でもあるガーセルが城に来たのは翌日のことだった。

 即位式の日に絢爛豪華なドレスを献上した相手に、シャルハはあくまで社交的に接する。


「卿がこのようなものをボクに送る理由が知りたい」

「恐れながら女王には一国の主として相応しいお召し物が必要かと思いましたので」


 王族であるため、謁見室に用意された椅子に腰を下ろしたガーセルは、慇懃に答えた。

 対するシャルハは玉座に座り、銀糸で出来たレースをふんだんに使用したドレスを右手に掴んで照明に掲げる。


「ありがたいが、ボクはいつものほうが性に合っているし、これまでまともにドレスなど着てこなかったのは卿もよくご存じだと思うが」

「だからこそ必要です。貴女は一国の女王。馬にまたがり剣を振るうことは我々にお任せ下さい」

「それはおかしいな。戦では王が剣を取るのは当たり前のことだ。現にボクは皆と同じように戦場に立って来た。それとも卿は、ボクから武勲を奪うつもりか?」


 ガーセルはそれを聞いて、大仰に首を振った。口元は笑っているが目の奥は笑っていない。その表情は城にある先々王の肖像画とよく似ていた。

 シャルハが銀髪であるのに対してガーセルは金髪で、垂れ気味の深緑の瞳がせり出し気味の額の陰で輝いている。


「そんな捉え方をされては悲しい。私は貴女の臣下であると同時に同じ王族として心配しているのです」

「心配?」

「周辺国では我が国の王が女性となったことは既に知られております。男の王にも女の王にもそれ相応の振る舞いが伴って然るべきです。女王が男の真似をしていては、口さがない連中はそれを虚勢と捉えるかもしれません」

「騎士団長の有り難いお言葉だ。ルーティ、書き留めておけ」


 横に控えていたルーティは生真面目に返答をすると、紙とペンを取り出した。その様子を見て、ガーセルは苦笑を零す。


「これは手厳しい」

「そういえば、卿のところのメイドがいるだろう」


 シャルハはこれ以上の衝突を避けるために話題を転換する。流石にそれを察せないほど相手も愚かではなく、素直にそれに返答した。


「こちらの手伝いをさせていたメイドですか」

「あぁ。庭で危うくぶつかりそうになってね」

「大変申し訳ない。地方貴族の末子を雇ったのですが、少々落ち着きがないのです」

「確かに落ち着きはないな。どうだろう、こちらで少しの間預かるというのは。地方貴族の息女を花嫁修業で王族のメイドとして雇うというのはよくあることだ。彼女もその手合いだろう?」


 突然の申し出に、ガーセルのみならずルーティも驚いた顔をする。

 だがシャルハは構わずに話を続けた。


「折角なら城で働いたほうが、それなりの格もつく。こちらにはメイドもたくさんいるし、様々な仕事をさせたほうが卿の元に戻してからも何かと都合がいいだろう」

「それは……」

「何か不都合なことでもあるのか?」

「彼女はその両親から、私に預けられたのでして…」

「王族だから預けられたのだろう。だったらボクが預かっても問題はない」


 ガーセルは困ったように口ごもる。その様子を見ていたルーティが「恐れながら」と口を挟んだ。


「そのメイドの意向もあるかと」

「なるほど、その通りだ。早速呼んできてくれ」

「今ですか」

「思い立ったら早い方が良い」


 意見を覆すつもりがないシャルハに、ルーティは溜息をついて謁見室を出て行った。

 二人きりになると、今度はガーセルが話題を変える。


「今年のワインは出来が良いようです」

「それはいいことだな。近隣国にも我が国のワインは有名だ」

「西の方ではワインを使った料理がいくつか新しく出来たそうですよ」

「丁度いいな。西の諸侯達にはまだ正式に挨拶をしていないからパーティでもしようかと思っている」


 国が大きいとそれだけ多くのしがらみが生まれる。

 西側は昔は別の小さな国で、それを二百年前に統合した。元々閉鎖的な色が濃い国だった名残が今も残っており、季節毎の挨拶や儀式などに非常にこだわる貴族が多い。

 そして結束力も固いため、下手に彼らの機嫌を損ねると厄介なこととなる。


「その際には卿にも参加願えるか」

「それは喜んで。……戻ってきたようですよ」


 執事に連れられてやってきたメイドは不安そうな顔で謁見室を見回した。

 行儀が悪い仕草ではあるが、突然このような場所に連れられてきて平然と出来る者は少ない。


「女王様、ガーセル卿、お呼びでしょうか」

「ティア。女王が、暫く城で働かないかと仰っている」

「ひゅあっ」


 相変わらず変な声を出して、ティアは口元を両手で押さえた。


「どういう意味でしょうか」

「そのままだ。お前は落ち着きがないから、城で色々と作法を覚えたほうがいいだろうという女王の温情だ」


 ティアは灰色の瞳でシャルハを見る。その目は疑問と不安と焦りと、凡そ思いつきそうな感情を全て含んでいるようにシャルハには見えた。


「強制ではないし、断ったからといって今後の待遇やご実家に影響はないことは約束しよう。あくまでボクの提案だ」

「そ、その、女王様の近くでお仕えできるなら、嬉しいですが、でもガーセル卿……」

「……私の家の皿をこれ以上割られても困るから、少し揉まれてきたほうがいい」


 何処か遠い視線をして呟いたガーセルとは対照的に、ティアは昨日と同じように目を輝かせた。


「頑張って女王様のためにお掃除します!」

「掃除専門なのか、君は」

「お皿洗いとお料理はクビになりました!」


 若干後悔したシャルハだったが、目の前で大喜びしているメイドを見ると何も言えなくなって、ただ笑って頷くことしか出来なかった。

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