6-3.手料理の思い出

 シチューを作った日があった。

 生まれて初めての料理で、人参はゴボウみたいに細かったし、ゴボウは木の枝のように固かった。ジャガイモは煮崩れて姿かたちもなくて、焦げてしまった牛乳が妙な苦みを出していた。


「美味しいですよ」


 ユスランはそれを食べながら言った。


「嘘をつくな」


 シャルハは不味いと言っても、まだお世辞になりそうなそれを匙で掬ってすする。


「とても不味い。不味すぎてうんざりする」

「そうですか?」

「君の舌が馬鹿なんじゃないのか」

「では馬鹿で結構です」


 ユスランはゴボウを思い切り噛んでしまって、小さく悲鳴を上げた。


「ほら」

「これは不意打ちに驚いただけです。この固さもアクセントで良いですね」

「別にボクは褒めてほしいなんて言ってない。無理しなくていいんだぞ」

「無理なんてしてませんよ」


 今度は人参を苦戦して食べながら、ユスランは憮然とした様子で言った。


「もー、我が女王はデリカシーがないね。男心がわかってない。あとシチューは不味い」


 ウナが、これもユスランと同じようにシチューを食べながら言った。


「ウナこそ、無理して食べなくてもいいぞ。というか、どうせ失敗すると思って、お茶会の準備までしたんだから、そっちのスコーンとか食べればいいだろう」


 チョコが入ったスコーン、ラズベリーのパイ。

 それらは美しく、行儀よく皿に並んでいる。

 二人はそれに一瞥をくれただけで、視線をすぐに逸らした。


「お断りします」

「嫌だ」

「なんなんだ、一体。あぁ、この前の料理は愛とかそういう話か? 愛がここまで不味くては意味がないだろう」


 シャルハの言葉に、ウナはまるで聞き分けのない子供相手にするように肩を竦めた。


「どうして我が女王は、そうやって杓子定規かなぁ。あのね、この世に定型の愛なんて存在しないんだよ。「こうしてこうするのが愛ですよ」なんて馬鹿げた教本も存在しない」

「それはそうだろう、世の中色んな人間がいる」

「でも愛には定型はないけど、共通して持つ定義がある」

「定義?」


 ウナは焦げたシチューを匙に掬いながら話し続ける。


「この焦げてぐちゃぐちゃで不味い物体、これが何かと聞かれたら、味や見た目の是非は兎に角として、皆はシチューだと言うでしょ」

「……少なくともシチューの条件は満たしているからな」

「そう。これはシチューとして認められる条件をクリアしている。愛も同じだよ。姿かたちは様々でも、他の人が見て「愛」と思うものが愛なわけ」

「よくわからない」

「愛とは」


 渋い顔をして人参を齧りながら、ウナは指を一本ずつ立てていく。


「誰かのために、純粋に、見返りを求めず、傷つけない。この四つを満たしたものが愛」

「……傷ついていないか、現在進行形で」

「まぁ不味いのは確かなんだけど、料理したことがないシャルハが、私達のために、見返りを求めずに、一生懸命作ってくれたものだからね。多少不味いのは想定内だよ」


 その横でユスランは黙々とシチューを食べ続けていたが、ふと思いついたように顔を上げた。


「しかし天使様。この国の王は、天使様を愛することで守護の力を得た。つまり見返りが発生しているわけでしょう? 矛盾していませんか?」

「あれは、違うんだよ。初代国王の優しさ」

「優しさ、ですか?」

「私に守護の力があるのは事実だけど、所詮はこの国は人間のものだからね。……シャルハ、これ塩どのぐらい入れたの」

「塩は大匙一杯入れておいた」


 ウナが行儀悪く出した舌の上には塩がたっぷりついていた。


「女王様、念のため聞きますが、大匙とはどのぐらいのものでしょう」


 塩を思い切り飲んでしまったユスランが鼻頭を押さえながら尋ねる。

 シャルハは自信満々でその問いに応じた。


「大匙、つまり大きな匙だろう? 祝賀会などで使うプディング用のスプーンを使った」

「それ違うの」

「あぁ……すみません。今度は大匙小匙の違いも教えますね」


 嘆く二人を見て、シャルハは自分が何か間違えたことに気が付いた。


「……えーっと、すまない?」

「いいんですよ」


 ナプキンで顔を覆いながら、ユスランは枯れた声で慰めた。


「これ以上不味くはならないでしょうから、次は美味しいものを食べられると期待しています」

「やっぱり不味いんじゃないか!」

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