3-6.隣国の王子

 パーティは、シャルハの乾杯の合図から始まり、華々しい雰囲気の中で進められた。

 国が変われば流行も異なるのか、装飾品やドレスの仕立てが所々違っているのを、シャルハは興味深く眺めていた。


「女王様、気になる方がいましたら、お話でも」


 その視線を勘違いしたらしいメイド長が囁く。


「……そうだな、だったら」


 先ほど見かけた、遠い国から来たという屈強な若い騎士を思い出し、シャルハは会場を見回す。

 しかし客人たちのつけている装飾品に照明が反射してしまい、見つけ出すことが出来ない。


「名前ぐらい覚えておけばよかったか」

「どの国の方でしょう」

「確か……」


 考え込もうとした時、ウナが突然手すりから立ち上がって、床に飛び降りた。


「お腹空いた!」

「おい、ウナ!」


 走り出した天使を、シャルハは慌てて追いかける。

 この国の天使のことは諸外国でも有名であるが、これまでは神殿に引きこもっていたため、実物を見た者は殆どいない。

 挨拶の時に、シャルハがウナのことを紹介したため、「あれが噂の天使か」と皆は囁き合い、見た目の愛くるしいことに感心していた。

 だが、突然空腹を訴えて走り出した天使と、それを追いかける女王を見て、ある者は露骨に眉を寄せ、そしてある者は失笑を零す。


「あらまぁ、女王様は天使様に軽んじられていますのね」

「それはそうだろう、この国で初めての女王なのだから」


 そんな嘲りを聞かぬふりをして、シャルハはテーブルの間を身軽に駆け回るウナを捕まえようとする。

 だが、ウナが会場の一番隅にあるテーブルまで到達した時、今までの疾走が嘘のように立ち止まった。

 慣れないドレスで後から追いついたシャルハが怪訝に思って近づくと、ウナの前には食べ物が乗った皿を差し出した、あの隣国の第五王子がいた。


「お腹が空いているのでしたら、どうぞ」

「いいの?」

「僕はあまり食べませんから」


 ウナは皿を受け取ると、その上に山盛りになった肉を手づかみで食べ始める。不思議なことに手や服は一切汚れず、まるでメレンゲ菓子でも食べるかのように喉の中に吸い込まれていった。


「すまない。礼を言う」

「いえ」


 はにかんだように笑う王子は、間近で見るとより一層貧相だった。

 悪い人間ではなさそうだとシャルハは思ったが、だからといって伴侶の候補としては少々物足りない。


「えーっと……」

「ユスランです。女王様」

「あぁ、そうだった。失礼。今日は来客が多いものだから」

「いいえ。無理もありません。僕は影が薄いので」


 ユスランは苦笑しつつ、テーブルに載っているグラスを取り上げると、酒を注いでシャルハに勧めた。


「ありがとう。第五王子とのことだが、兄王子達は来ていないのだろうか?」

「兄たちは結婚しています。僕は父王が遅くに作った子供でして、まぁ王位継承権はないし、兄たちとは母親も違いますから気楽なものです」

「そうか。では楽しんで……」

「おかわり」


 話を切り上げようとしたシャルハの足元から、ウナが空の皿を差し出した。山積みだったはずの肉は跡形もなくなっている。


「ウナ。相手は隣国の王子だ。給仕係のように扱うな」

「いいんですよ。天使様から見れば、皆同じようなものでしょう」


 嫌な顔一つ見せずに、ユスランは皿を受け取った。テーブルの上の食べ物を次々と盛りつけながら、シャルハに話しかける。


「良いドレスですね」

「ありがとう」

「女王は何かお召し上がりには?」

「いや、結構」

「そうですか」


 特に会話が弾むわけでもないが、ウナがこの場を離れようともしないので、シャルハは仕方なく相手と話を続ける。このまま放置したら、今度は何を仕出かすかわからない。

 背が高くて細面で、繊細そうな指先が特徴的であるものの、シャルハの好みとは違う。


「武芸などは何か嗜まれるのか?」

「あまり才能はなくて。馬術は割と得意なのですが」

「馬術か。では馬で遠出なども?」

「えぇ。うちの国には大きな丘陵がありまして、花が咲くころに行くと良いんですよ」

「狩りなどは?」

「性に合いません」


 ますますシャルハは落胆した。武芸を嗜むわけでもなく、唯一得意な馬を使ってすることが、丘陵に行って花を見ることと言われれば、そう思うのも無理はなかった。

 しかしシャルハとは対照的にウナが興味を示す。金色の瞳を輝かせて、食い入るようにユスランを見上げた。


「貴殿の国はお花が綺麗?」

「この国に勝るとも劣らない美しい花畑があります」

「いいなぁ。我が女王ときたら花の美しさがわからないから、ピクニックにも連れて行ってくれないの」

「それは不憫な……」

「待て、何が不憫なんだ。花を見たいなら城のバルコニーからでも見えるだろう」


 聞きとがめて反論するシャルハに、二人分の憐れんだ視線が戻ってきた。


「ほらね、こういう女王なの。私の苦労、わかってくれる?」

「一度綺麗な景色をお見せすれば、お考えが変わるかもしれません」

「貴殿は色々知ってそうね」

「えぇ、僕の愛娘に色々な景色を見せたいので」

「ん?」


 シャルハはユスランの言葉に眉を寄せた。


「愛娘? 未婚の王子と聞いているが?」

「あ、はい。僕自身は結婚していません。愛娘とは僕の愛馬のことです」

「……馬が、娘?」

「牝馬ですから。いい旦那さんを探している最中なのです」


 爽やかな笑顔で言い切った相手に、シャルハは眩暈を覚えた。


「馬は人間ではないぞ」

「当然です。ですから娘の結婚相手は、勇猛果敢なる牡馬か、由緒正しき家柄の馬を探しています」

「ボクが問題としたのはそこではない。なぜ馬を自分の娘のように扱うのかということだ」


 ユスランはきょとんとした顔をして、ウナの方に視線を向けた。


「僕は何かおかしなことを言っているのでしょうか、天使様」

「全くおかしくない。本気であればゴミでも愛おしいのが愛情だもの」

「待て、それではボクだけ間違っているみたいじゃないか」

「間違ってるよぉ、我が女王」


 ウナは食べ物が乗った皿を持ったまま、宙に浮かび上がった。


「彼は馬を娘として可愛がって、愛情を注いでいるの。それを「馬なんだから娘じゃない」なんて外野が言うのは野暮ってものだよ」

「しかし変じゃないか」

「変じゃない。それが変だというなら、天使を愛してきた歴代の王は全て変になる」


 そう言われて、シャルハは言葉を飲み込んだ。確かに一理ある。人間でないという点におけば、天使も馬も変わらない。

 天使は国を守ってくれるから愛する、というのは即物的に過ぎるだろうし、馬も大事に育てれば軍事で国を守ってくれるかもしれない。

 天使は人間の形をしているから愛しても良い、と言えば、それは先祖達の想いを否定することになる。


「我が女王は頭が固いから嫌になっちゃうな。ねぇ、貴殿の娘さんは連れてきていないの?」

「連れてきています。この国の有名な滝を見てみようと思って」

「私も見たいな。ねぇ女王、彼と一緒に滝を見に行こう?」

「………」

「あれ、まだ悩んでる」

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