5-7.執事の仕事

 優勝者が決まった瞬間、闘技場は割れんばかりの喝采と歓声に揺れた。

 騎士団の若き伍長は、照れくさそうにしながら、四方に騎士流の挨拶をする。


「決まりましたね」


 ルーティがそう言うと、ティアは無邪気な笑顔を見せた。

 それは無論、優勝者を讃えているわけではなく、自らの仕事が出来ることへの期待と安堵だった。


「あぁ、本当に長かった。待った甲斐がありましたわ」


 箱を開き、賞金と短剣を取り出したティアは、こちらに向かってくるシャルハにお辞儀をする。


「ご苦労だった」

「はーい、かちっと待ってました」


 最後の演技をするティアを、ルーティは冷たい目で見守っていた。

 シャルハが賞金と短剣を受け取ろうとした時に、その眼差しを向けたまま、静かに口を開いた。


「ティア。私の仕事の邪魔をするなと言ったはずですよ」

「邪魔なんてしてませんよぅ」

「いいえ」


 ルーティは右の腰に手を回すと、そこに仕込んでいた何かを掴んで引き抜いた。

 鋭く風を斬る音がして、ティアの左手に痛みが走る。思わぬ一撃にティアは賞金の入った袋と、短剣と、そして左手首に仕込んでいたダガーをその場に落としてしまった。


「言い忘れていましたが、私の仕事は「シャルハ姫の護衛」です」


 革を編んだ強靭な戦闘鞭、バトルウィップを構えたルーティはシャルハに向かって叫ぶ。長い鞭は何度も手入れされた痕跡があり、しなやかな動きを見せていた。


「姫、お下がりください! この女はガーセル卿の雇った暗殺者です」


 鞭の二撃目は、ティアが横に飛んだことにより空振りに終わった。だが下の石床に当たった鞭の音は、それが直撃していれば裂傷で済まないことを示していた。


「ガーセルだと?」


 シャルハが、フィールドの隅にいる騎士団達を見る。そこには苦々しい表情のガーセルが、殺意に満ちた眼差しを向けていた。


「この役立たずが……!」

「ガーセル! どういうつもり……」

「姫!」


 左側からダガーが飛来して、シャルハの銀髪の一部を奪う。

 咄嗟に避けたため、切られた髪は少量だったが、まだ高い太陽の下でそれが反射しながら散っていった。


「女王様、避けないで下さいよぉ」


 ティアは残念そうな口調で言ったが、その目は凶悪に歪んでいる。ティアをただのメイドだと思っていたシャルハは、冷や汗が流れ落ちるのを感じた。


「本業はあくまで暗殺なのですが、仕方ありません。ここでその首を頂きます」

「ティア……」

「ごめんなさい、女王様。私はメイドでもなければ、貴族の末子でもなく、ましてティアという名ですらないのです」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る