1-5.騎士団長の企み
ガーセルが帰るというので、ティアとルーティがそれを見送りに出て行った直後、大きなため息が謁見室に響き渡った。
シャルハが自分のものではないそれに驚いて顔をあげると、椅子の背もたれの上にウナが座っていた。
「我が女王は女色趣味があると見た」
「そんなんじゃないと言っているだろう」
「何、目の前で「シャルハ女王様〜」って賛美されたのがうれしかったの?」
「素直ないい子じゃないか。それよりガーセルが持って来たドレス、どう思う?」
「綺麗なドレスだと思う。折角だし着たら?」
「趣味じゃない」
「なら聞かないでもらえると嬉しい。天使は雑談相手ではない」
「ウナとは雑談しかしていないような気がするのだが」
「それは当然。愛を囁いてもらえぬ王とは雑談するしかない。それより」
背もたれを蹴って、シャルハの頭上を飛び越えたウナは身軽に宙を飛ぶ。
そしてガーセルが座っていた椅子に両足で着地すると、傍らの小さなテーブルに置いてあった包みを手に取った。
綺麗に包装されたそれを乱暴に引きちぎり、中に入っていたチョコレートボンボンを見て歓声を上げる。
「これはいいものを貰ったね、我が女王」
「東の方の特産品だ。ウナも食べるか? ……って、あぁぁああ!」
シャルハが止める間もなく、ウナは箱を両手で持って、まるで水でも飲むかのように中身を口の中に流し込んでいた。
小さいとはいえ固形なので飲み込むのに少々時間がかかったものの、瞬く間に全てのボンボンがその胃腑に吸い込まれる。
「なんてことを……。楽しみにしていたのに」
「先王がくれたボンボンと同じ味がする」
「せめて一粒一粒味わって食べたらどうだ……。高級なものなんだぞ、それは。小さい頃からボクはそれが好きで……」
「美味しいものは少しでも多く口に入れたいの。愛でもチョコレートでもお酒でも。愛が足りなくてお腹が空くのはシャルハのせいなんだから、好物ぐらい我慢して」
「理不尽だ……」
「それよりも、あのメイド本当に雇うの?」
用済みの箱を床に放り投げたウナがそんなことを言ったので、シャルハは緩慢な動きで視線を合わせた。
「不満か?」
「あんなドジそうなのが周りに居たら、私の気が休まらない」
「じゃあ傍にいなければいいのに」
「冷たい」
ウナは泣き真似をしたが、それはシャルハによって見事に無視された。
城を出たガーセルは、周囲にティア以外いなくなったのを確認すると深く吐息した。
「まさか、向こうから引き取ってくれるとはな」
「手間が省けてよかったではありませんか」
ティアは口元に薄笑いを浮かべて言った。
その姿は、先ほどまでシャルハの前で慌てふためいていたのとは似ても似つかない。
「いいか、お前には高い金を払っているんだ。シャルハの隙をつき、彼女を殺す。わかってるな」
相手が恭しく頷くのを確認すると、ガーセルは決意を固めるかのように右拳を握りしめた。
「女王など認めるものか。次の王は私だと思ったのに、頭の固い大臣どもは嫡流じゃないからなどと……」
「ご主人様、あまり興奮してはいけません」
メイドの格好をした暗殺者は嫣然と微笑むと、スカートの裾を軽く持って一礼した。
「私にお任せください。必ずやシャルハ女王の暗殺を成功させてみせましょう」
「頼んだぞ。愛の天使がシャルハを認めるより先に暗殺してしまえば、何も問題はない」
ガーセルは小声で釘を刺しながら、今しがた出たばかりの王城を見る。
この国の象徴。権力者の城。誰もが羨むものがそこにある。
「国も、玉座も、愛の天使も全て私のものだ」
End
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