ep3. 女王と王子

3-1.シャルハ女王のパーティ

「パーティ?」


 シャルハは外交用の書類を手にしたまま、相手の言葉の一部を繰り返した。短く切った銀髪に男装が似合う女王は、まだ即位してから日が浅い。


「外交パーティの時期ではないぞ、まだ」

「パーティ、いいな。美味しいものが沢山あるもの」


 楽しそうに口を挟んだのは、シャルハの頭の上に腰かけた金髪金眼の少女だった。右肩を足置きにして、当然とばかりに座っているが、誰もそれを咎めない。

 この国を守る愛の天使であるウナは、シャルハが即位してからというものの、毎日のようにその傍にいる。頭の上に座るのがお気に入りであるが、人間ではないので見た目よりも遥かに体重が少なく、従ってシャルハには王冠が乗っている程度の感覚しかなかった。


「ただの外交ではありません。女王の婚約者を決めるパーティでございます」


 恭しい態度でそう言ったのは、初老の恰幅の良い男だった。縁戚をしつこく辿れば王族にも縁のある貴族の家柄であり、先王の時代から仕える大臣の一人でもある。

 少し薄くなってきた茶色い髪をなでつけ、蓄えた口ひげは常に手入れを欠かさないため、国民達には「ヒゲ大臣」と呼ばれている。

 そのヒゲ大臣が恭しく述べた言葉に、シャルハは数秒間固まり、そして我に返ると思わず書類を握りつぶした。


「婚約者ぁ!?」

「はい。嫡流嫡子は女王のみであれば、当然のことです」

「で、でもボクは」

「……このイリヌ、先王の時より仕えております臣下であれば、陛下が以前の婚約者を剣で打ち負かして破談に追い込んだことも覚えております。つまり、陛下は現在婚約者がいない状態です」

「いや、それはそうだけど……婚約者なんて」

「陛下、いいですか」


 イリヌは茶色い目を剥いて、一歩前に進んだ。


「この国では十六で結婚するものが過半数、十八で結婚するものが残りの八割を占めます。つまり陛下は既にこの国の結婚適齢期を過ぎているのです」

「う……っ」


 痛いところを突かれて口を噤むシャルハに、イリヌは畳みかけるように続けた。


「陛下がどこぞの村娘だったら、自由にするが良いでしょう。結婚もせずに畑を耕し、糸を紡いでのどかな老後を過ごされるのも結構!しかし、陛下はこの国を統治し、そして次世代に継ぐ義務があるのです。そのために結婚は避けて通れぬ道となります」


 イリヌの口ひげが口の動きに合わせて忙しなく動くのを見ながら、シャルハは黙って聞いていた。


「それに王族の結婚は重要な国策の一つでもあります。この国の基盤を更に強力なものとするため、是非とも陛下には審美眼を持って臨んでいただきたい」

「ねぇねぇ、ヒゲ大臣」


 力説を奮っていたイリヌは、ウナに声をかけられて言葉を止める。


「何でしょうか」

「どういう人を集めるの?我が女王の伴侶となる者は当然私も把握してしかりだもの」

「最もでございます、天使様。まず国内の基盤を固めるという点から、名門と言われる貴族達の子息。また国外との交流を深めるという点から諸外国の王族などを選出しております」

「おい、ウナ」


 シャルハは頭上の天使に声をかける。


「ボクを王と認めたわけではないのに、結婚には乗り気なのか」

「だって愛し方がわからないって煩いのはシャルハでしょ。伴侶の一人か二人でも貰ったら、理解出来るんじゃない?」

「政略で得た伴侶に愛が容易に生まれるとは思わないが」

「そんなのわからないよ。愛とは運命というより努力なの。愛されよう、愛そうという努力により維持される」


 ウナは幼い見た目に似合わない深い笑みを浮かべながら言うが、シャルハは頭上の天使の表情はわからない。


「また、愛ではないと理解するのも重要なことなんだよ」

「愛ではない?」

「同情と愛情を区別出来ない者は多いから。この人は私がいなきゃダメなのー、とか同情でもって愛を継続しようとする人がたまにいるの」

「なんだそれは」


 シャルハは眉を寄せて呻くように言った。


「理解が出来ない」

「そなたはそういうタイプじゃないからね。まぁ愛を学ぶために結婚するのも手なんじゃないかな」

「そんな気軽に結婚が出来るわけないだろう」

「じゃあ婚約者からでもいいけど。問題ないよ、我が女王。婚約時点なら揉み消す方法はたくさんある」

「怖いことを言うな。大臣、それはどうしてもやらなければならないのか」

「どうしてもやらなければならないかと言われると困りますが、やらない場合は国が納得できる理由を挙げる必要があります」

「まさか既に」

「はい、手配は済んでいます」


 シャルハは盛大な溜息をついて俯いた。ウナがバランスを崩して頭にしがみつく。


「いいじゃない、我が女王。パーティ楽しいよ」

「そうだな……ウナは楽しいだろうな」


 複雑な気分で嫌味を言うシャルハに、ウナは無邪気な笑みを返しただけだった。

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