ep5. 執事と女王
5-1.メイド達の噂話
メイドの間では、最近シャルハ女王が綺麗になったという噂話で持ちきりだった。
元々、凛々しい美しさを持っていたが、それはどちらかと言うと女性らしさが損なわれたがゆえのものであり、少々人間味にかけたところもあった。
だがこのところ、特に化粧気が出たわけでもなければドレスを身に纏う時間が増えたわけでもないのに、仕草や言動に女性的なものが混じるようになった。
「あの白馬の王子様が来てから、女王様は変わりましたわ」
「隣国の第五王子でしょう。女王様とは全く違うタイプだから、逆に気が合うのでしょうね」
「あの王子様、何かと理由をつけてはこちらにいらっしゃるのよ」
メイド達が好き勝手にお喋りをしている傍ら、ティアは内心で溜息をついていた。
シャルハの従兄であるガーセル騎士団長に雇われた暗殺者。それがティアの正体であり、三ヶ月ほど前にメイドとして城に潜入した。だが今のところ、シャルハに掠り傷一つつけるに至らない。
「シャルハ様が最近、香水に興味があるようなの」
「香水! あの女王様が?」
「本当よ。この前、お髪を整えに行ったら聞かれたもの。良い香水はないかって」
「それで何て言ったの?」
「下々がつけるような香水を薦めるわけにいかないわよ。私が使ってるの、城下町で安売りしていたやつだもの」
ガーセル卿からは連絡を取る度に、シャルハを早く仕留めるように言われている。ティアは別に手を抜いているわけではないのだが、シャルハの傍にはいつも天使や執事がいて、ダガー一本投げることすら容易ではなかった。
「女王様は香水よりも剣という方だったのに、わからないものね」
「ご婚約はいつされるのかしら」
「少なくとも武闘大会が終わるまではお預けじゃない?何しろこれがシャルハ様が即位以来、初めての国家行事ですもの」
ティアはその台詞に顔を上げた。
談笑しているメイド達のところに、いつものドジで間抜けなメイドの仮面を被って接近する。
「武闘大会っていつですかぁ?」
「ティアったら知らないの?」
年の近いメイドが目を丸くする。
「地方の出身だから詳しいことは知らなくて。国で一番の剣士を決めるんでしたっけ?」
「そうよ。国中の腕自慢が集まって戦うの。偶に王室騎士が地方の剣士に負けたりするから楽しいわよ」
「面白そうですね。スルスルッと優勝したら、ご褒美あるんですか?」
「国王から賞金と短剣が渡されるの。これは初代国王が天使様と出会う前に参加した大会に由来しているから、表彰式の時に天使様がいない唯一の行事なのよ」
「そうなんですかー。あたし達も見れますか?」
「来賓の方々への給仕で何人かは出ると思うけど……」
年上のメイドは言葉を止めた。
城内でティアは、「城を破壊しながら歩くメイド」として有名である。それはティアがシャルハを油断させるための演技だったが、少々行き過ぎたのか、最近では城にいる殆どの人間にその認識が定着してしまっている。
ティアは自分に向けられた視線の意味を即座に理解すると、子供っぽく頬を膨らませて見せた。
「あたしだってやれば出来ます」
「でも……」
「普段のは、たまたまなんですぅ」
ツインテールの茶色い髪を揺らすように首を左右に振る。それから猫に似た灰色の瞳を相手に向けた。
「武闘大会、見てみたいです。メイド長にキュンっと頼んだら大丈夫ですか?」
「メイド長はもっと嫌がると思うけど……」
「でもでも、ここでのお仕事が終わっちゃったら、次はいつ王都に来れるかわからないし。一緒にお願いしてくださいよぉ」
懇願するように言葉を重ねていると、急に後ろから声を掛けられた。
「武闘大会を見たいのか?」
「あ、女王様!」
メイドと一緒にティアも頭を下げる。
そこにはいつものように男装をした、この国の王であるシャルハが立っていた。
「楽しそうだな」
「申し訳ありません、つい」
年上のメイドが弁解するように言う。
今は謁見室の掃除の最中であり、私語はあまり好ましくない。
だがシャルハは大して気にした様子もなかった。
「別に誰かと謁見中ではないのだから気にしなくていい。君たちが楽しそうだと、ボクも嬉しい」
寛容な口調で言いながら、シャルハはティアに視線を向ける。
「で? 武闘大会を見たいのか?」
「見たいです!」
「だが君に給仕をさせると、ボクの胃が摩滅して無くなってしまうからな」
「シュルンと頑張りますから」
「シュルン……? 給仕は駄目だが賞金と短剣を見張っている仕事なら空いているぞ」
ティアは目を輝かせて、両手を胸の前で組んだ。
「それやりたいです!」
「ではメイド長に伝えておこう」
天使が傍にいない大会に、その賞金を見張るだけの役。
これ以上ない好条件に、ティアは演技ではなく純粋に喜びを露わにした。賞金を見張るということは、それが必要となった時にシャルハに手渡すのも仕事に含まれる。
賞金と短剣を片手で受け取ることは出来ないから、シャルハの両手は埋まる。つまり、両手が使えない女王の間合いに入ることが出来る。
「女王様、ありがとうございます」
「気にするな。最近は無粋な輩も多いから、見張りは多ければ多いほど良い。それに君は物は壊すが、物は盗まないしな」
ティアには暗殺者としての自負がある。物を盗めば、それは泥棒という別の犯罪者になる。
既に暗殺者な時点で犯罪者であることは変わりないのだが、ティアは殺し以外に手を染めるつもりはない。
「そんなことしません。例えカバとかが襲ってきても護って見せます」
「カバが来たら逃げたほうがいいと思うぞ。まぁ仲良く頼む」
苦笑しながらシャルハが言った言葉に、ティアは違和感を覚えて首を傾げた。
「仲良く? 他に誰かいるんですか?」
「あぁ、ルーティだ。先王の時からあの役目をしていてな。今回も是非にというものだから」
ティアの脳裏に、常に鉄仮面のように表情を動かさない執事の顔が過ぎった。
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