円卓の主


「――第七席。カリヴァン・レヴが敗れました」



「ほう――……。死んだか?」

「現在、確認しております」 


 無数の水晶柱に囲まれた広間に、複数の声が響く。

 煌々と輝く緑色の光の中、白い法衣を纏った人影が七つ――。


「エルカハルはソラス攻めの最中だったはず。カリヴァンが敗れたとなれば、打倒したのは水連の騎士、ロンド・アフレックで間違いなかろう」


 人影のうちの一人が頷きながら口を開く。だが、その予想は別の人影からの報告によって遮られる。


「――いや。水連の騎士ではカリヴァンは倒せぬだろう。息吹ブレスの相性が悪すぎる」


 そこに、よく通る女性の声が響く。


「仰るとおりですわ。私がところ、カリヴァンを倒したのはまだ年端もいかぬ少年――名を、クレハ・リクトというそうです」


 その言葉を受けた広間がにわかに騒然となる。


「円卓に列席していない、それも、初めて竜騎兵ドラグーンに乗った少年が、第七席のカリヴァン・レヴを倒したと……!?」

「信じがたいことですな……。風雨の騎士は乗騎こそ古竜ではありませんでしたが、その研鑽と実力は本物。少なくとも、奇跡やまぐれで倒される騎士ではありません」



 ざわめく広間の中、光に照らされた七つの陰がゆらめいていく――。




 これが――円卓会議。


 

 円卓会議の構成員は、古き時代より大陸の力関係を均衡させ、のために活動を続ける不可侵の者達だ。彼らが騎士達に任じる円卓の序列は絶対的であり、各国にとって自国に所属する騎士の序列は他国からの侵攻を防ぐ盾であり、逆に他国侵略の名目となる矛でもあった。

 

 それ故に、円卓上位のカリヴァンが、名も無き騎士に敗れたというこの報告は彼らにとって驚異であった。円卓序列の信頼と権威が堕ちるということは、彼ら自身の存在意義が消滅することをも意味する。


「白龍――。そういうことか」

「白龍が現れるのは四百年振りとなります。本来であれば古竜でもおかしくないその力。カリヴァンが敗れたことも、これで合点がいくというもの」


 彼らを取り囲む水晶柱に、グラン・ソラスとグラン・レヴの攻城戦シージの様子が映し出される。そしてそこに現れる、純白の竜騎兵、ラティの姿――。



 二騎の死力を尽くした最後の交錯。大気の剣が砕け、光の矢は飛翔した。



「……よかろう。では、ただちに各国に通達を」


「カリヴァン・レヴは第七席を維持。死亡が確認された場合は空位とする」

「新たなる騎士、クレハ・リクトには光翼の騎士の名を与え――」


「――円卓、第九席に叙任する」




 ○    ○    ○




「うーん……むにゃむにゃ……へむすた……はわいあん……みんな、待っててくれ……」


 穏やかな陽光が差し込む室内。

 

 ここは、未だ移動を続けるグラン・ソラス城内。


 できる限りの速度で目的地へと進むこの動く城も、兵員達が休む夜間から早朝は速度を落とす。その際に生み出される静かな揺れは、むしろ城内の住民達にとって心地よい子守歌を提供していた。が――。


「う、ううう! うわああああ! ――はぁ! ――はぁ!」


 突然、毛布を蹴り飛ばし、寝台から飛び起きるリクト。


「くっそ……。またみんなの夢か……。こんなにみんなと離れてたことなんて、今まで一度もなかったもんなぁ……」


 髪を掻き上げ、苛立つように呟くリクト。


 彼自身が言うとおり、リクトは生まれてこの方、小動物から離れて暮らしたことがなかった。その禁断症状ゆえか、つい先日も真っ昼間から猫の幻覚を見て、泣きながら猫の姿を探し求めるという、完全に危ない人案件をやらかしてしまっている。


「うう……寂しい……寂しすぎるぅぅぅ……っ!」


 そのあまりの寂しさに涙すら流し、室内で一人叫ぶリクト。

 だが、そこで彼は気付く。なにかがいつもと違うことに――。


「……?」

「すぅ――……すぅ――……」


 自分の寝ていた場所のすぐ隣。かわいらしい小さな寝息を立てて眠る一人の少女――。

 見れば、全身は雪と言うよりも白磁のように白く、その白さは美しく腰まで伸びた髪も同様だ。小柄と言うより子供といった見た目のその体には、人間であればあるはずのないもの……やはり真っ白な、トカゲの尻尾のようなものがくるりと丸まって生えており、頭部にも特徴的な二本の角のようなものが生えているのが確認できた。


 そして特異なのはその少女が身につけている服だ。全身にぴったりと張り付くような、その幼い体のラインを強調するかのような灰色と白の――ボディスーツとでもいうような服装。リクトは、この世界に来てからこのような服は見たことが無かった。


「……もしかして……この子……」


 リクトは少女をじっと見つめると、その角の生えた小さな頭に手を伸ばし、優しく撫でた。

 リクトに撫でられた少女は、夢の中にありながらその手の感触に笑みを浮かべ、体を更に丸めて頬を染めた。



「――リクト~! また大きな声出してたけど、いい加減諦めて――」



 そして、丁度そこに入ってくるリン。

 リンの目の前には、自分の寝台の上でほぼ半裸の少女を優しく撫でるリクトの姿が――。



「はわっ!? あ、あんた……な、なにやって……!?」


「あっ! リン、丁度良かった! ちょっと手伝って――」


 瞬間、空気が爆ぜた。


「この、ロリコンがあああああああああああ!」


「ぎゃあああああああああああああ!?」



 





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