巨神


「くっ――! リクトさんに近づけない!」

「あいつは良くやってる、まずは目の前の敵に集中しろ!」


 激化する戦場――。


 数で勝る帝国騎兵部隊は常に数の優位を崩さない。

 

 フレス・ティーナとブリングはそれぞれ炎と水の息吹ブレスを敵軍に向かって連射しつつ、ひたすら時間を稼いでいた。グラン・ソラスが姿を現す、そのための時を稼ぐために。

 



 そして、真っ先に敵陣へと切り込んだリクトとラティは――。




 ○   ○   ○




「はぁ――っ! はぁ――っ! くそっ!」

「どうした、貴様の力はその程度か?」


 リクトの額を流れる大粒の汗。苦しげなうなり声を上げるラティ。


 ラティは既に左腕のバックラーを失い、灰褐色の装甲に幾筋もの裂傷を受けている。今、彼らの前に立ち塞がるのは、威圧的な六条の翼を大きく広げ、両手に二振りの両刃槍ランサーを持つ紫色の竜騎兵ドラグーン――ファラエル。


「――才はある。だが、それだけではな!」

「来るっ!」

 

 刹那。尋常ならざる踏み込みを見せるファラエル。リクトは即座に後退ではなく前進を選択。ペダルを踏み抜いてラティへと指示を出す。

 二騎の竜騎兵ドラグーン中央。紫色と灰褐色の残像がすれ違うように交差。激しい火花と銀色の粒子、そして強烈な突風が発生。辺り一帯の地面を陥没させ、轟音が鳴り響く。


「まだだ、ラティ!」

「フッ――よく動く!」


 交差し、お互いに背を向ける形になったラティとファラエル。刹那、ラティは背面から閃光を発して飛翔、空中で反転すると、ファラエルの頭上から刃断剣ソードブレイカーを振り下ろす。

 だがファラエルは振り向かない。片手を掲げ、手に持った両刃槍ランサーで苦も無くラティの一撃を受けて見せると、ラティが放った一撃の威力をあえて殺さずそのまま前方へと放り投げ、空中のラティめがけて痛烈な回し蹴りを叩き込む。


「うわああああ――っ!」

「水連の騎士。ロンド・アフレック以上の使い手かと思ったが――どうやら戦場に立つのは初めてのようだ」

「く……そ……っ!」


 大地に巨大な裂傷を残して叩きつけられるラティ。

 操縦席内部、水晶面の一角が砕け散り、叩きつけられた衝撃でリクトの頭部から鮮血が流れ落ちる――。




 力の差は歴然だった。


 リクトの発揮した感覚は、当然ファラエルの鼓動も捉えていた。だがファラエルには、他の竜騎兵ドラグーンが持っている怯えも、動揺もなかった。


 何事にも動じず、揺らがず、ただそこにあるだけで暴威を振るう。

 その様はまさに、一頭の巨大な竜――。


 リクトがいかに動きを先読みしようと、ファラエルはリクトの読みを上回る速度と膂力。そして反応とで叩き潰した。その上、ファラエルは未だに魔力――大気と寒気を司る、竜の息吹ブレスを使ってすらいないのだ。


「ま、だ――っ!」


 流れ落ちる鮮血もそのままに、リクトが操縦桿を握る。それを受けたラティは刃断剣ソードブレイカーを地面に突き立て、支えとし、震える四肢でなんとか立ち上がろうとする。カリヴァンはラティの、そしてリクトの眼光が未だ戦意を失っていないことを見て取った――。




「――その意気や良し。最後に名を聞いておこう、よ」




 響く振動――大地を揺らす――。




「――リクト。――クレハ・リクトだっ!」




 振動は鳴動に変わり、戦場に在る全ての物質を等しく揺らす――。




「クレハ・リクト――。此度の戦、私が好まぬ一方的な虐殺になるやもしれぬと危惧していたが、のおかげで僅かながら楽しめた。礼を言うぞ」




 ラティとファラエル、相対する二騎の竜騎兵ドラグーンを闇が覆う。その頭上から星空が消え、巨大な、あまりにも巨大な影が、二騎を押しつぶすように迫ってくる――。




「だが余興は終わった――。グラン・レヴはへと入った」

「――な、なんだっ!?」




 瞬間。周囲の大地、その全てが閃光を発する。


 大地から放たれた閃光は一条の光の帯となり、大地に規則性のある紋様を描く。輝く大地に照らされるラティの中、リクトはそれと同様の紋様が上空にも描かれていることに気付いた。




「全騎帰投せよ――。これより、攻城戦シージを開始する!」




 天と地。二つの紋様の狭間。進軍を続けていたカリヴァンの居城、グラン・レヴが鳴動を開始。外周数キロにも及ぶ巨大な城が、轟音と粉塵を道連れに空中へと浮上。周囲に荒れ狂う暴風を巻き起こしながら、グラン・レヴを構成する石柱の一つ一つ、石畳の一枚一枚までが、まるで一個の巨大な生命体であるかのようにその姿を組み替えていく。


 グラン・レヴが特徴としていた中央の長大な主塔が二つに割れる。割れた主塔が左右へと配され、それはそのまま力強い双腕へと。同時に、グラン・レヴ底部の構造が変化。正四角形を描く城壁と下層部分が四方向へと分裂し、巨大な四足歩行の獣を思わせる様相へと変じ、まるで流れ落ちる泥のような緩慢さでゆっくりと、ゆっくりと、大気と空間とを震わせて大地へと降り立つ――!




 激震――。




 広大な草原、その果てまでも届かんばかりの勢いで大地が裂け、割れる。


 戦場に立つ全ての者が、その圧倒的な威容に目を奪われた。


 これこそがグラン・レヴの真の姿。全長一千メートル。馬に似た四つの足を持ち、上半身に巨大な盾と馬上槍ランスを構えた、山すら越える巨大構造体。


 それは、立ち塞がる敵にとって絶望の影であり、味方にとっての勝利の象徴。


 その様はまさに、全てを滅ぼし、全てを救う、巨大な神。巨神の降臨であった――。





「こ、これが――ミァンの言ってた――……」

「――リクトよ。貴公はこのカリヴァン相手によく戦った。その才気、潰すには惜しい」


 巨大な四足の巨神の威容を背に、カリヴァンがリクトに告げる。


「じき、この戦は終わる。貴公はそこで祖国の敗北を見ているがいい。その後は、私が直々に貴公を鍛えてやってもいい」


 翼を広げ、ゆっくりと飛翔していくファラエル。更にその後方では、それぞれ一条の光の尾を引きながら後退していく帝国竜騎兵ドラグーンの姿――。


「リクトさん、後退して! こうなっては、もう――」


 ラティ内部のリクトの耳に、ミァンの悲壮な声が届く。グラン・レヴの威容に目を奪われていたリクトの目に、光が戻る。


「そっか――まだ、時間が足りてないのか……そうなんだろ!?」

「ですが……グラン・レヴが巨神となってしまった以上、もうこちらに打つ手は――」




「行かせない――!」

 



 リクトとラティ、二者は同時に雄叫びを上げた。


 既に限界を超えたダメージを受けているはずのラティが、最後の力を振り絞って光輪を開放、大空めがけ飛翔する。


 狙うは、グラン・レヴへと帰投中のファラエル――。


「アンタが外にいたら、このでかいやつだって好き勝手には動けねぇだろ!」

「――愚かな。それほどの才気を、ここで無駄に散らすというのか」

  

 ラティの追撃を即座に感じ取るファラエル。


 長大な断崖にすら似たグラン・レヴの壁面を、超高速で這うように上昇する二騎の竜騎兵ドラグーン。二騎は空中で何度か交錯し、そのたびに剣戟の火花が激しく迸った。

 

「あそこには――リンがいるんだ!」


 未だ乱気流巻き起こるグラン・レヴ壁面上。その小さな翼を広げ、必死にファラエルに追いすがるラティ。対してファラエルに乱気流の影響は見られない。大気を操るファラエルにとって、空中戦こそが本来の領域であった。


「――ならば、私が貴公にしてやれることはただ一つ」


 ファラエルが加速する。その加速はラティを一瞬で置き去りにし、グラン・レヴから離れた夜空の下へと流れていく。リクトは操縦桿を前倒し、ペダルを両足とも踏みしめてラティに叫んだ。巨大なグラン・レブの頭部を背景に、二騎の竜騎士ドラグーンは再び交錯を開始するかに見えた。だが――。




「あ……」




 目の前にいたはずのファラエルがリクトの視界から姿を消す。


 それと同時、リクトは悟る。

 ラティの背後から迫る巨大な圧力。圧倒的な破壊の意志。


 振り向いたラティとリクトの目の前に、が迫っていた。


 否、それは正確には壁ではない。


 グラン・ソラスに向かい、ついにその一歩を踏み出したグラン・レヴ――。その巨大すぎる肩口が、目の前まで迫っていたのだ――。




 壁面に叩き潰され、大破するラティ。




 リクトと共に最後まで戦った灰褐色の竜騎兵ドラグーンは、白煙と粉塵。そして粉々に砕けた装甲部の残骸と共に、遙か眼下へと静かに落下していく――。




「――眠れ。そうすれば、何も見なくて済む」

  



 その光景を、グラン・レヴ上空から見つめるカリヴァン――。

 銀髪の青年は操縦席で一人呟き、そのまま自身の居城へと帰還した――。




  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る