第三章

リクトとラティ


「カリヴァン様! 敵が単騎で突っ込んできます!」


 グラン・ソラスからの砲撃を回避しつつ、草原の上を高速で疾走する帝国竜騎兵ドラグーンの中から、驚愕の声が上がる。先頭のカリヴァンは即座に状況を確認すると、一切の油断を感じさせぬ声で指示を飛ばす。


「先刻の超兵器がいつ出てくるかわからん。単騎だからといって油断するな! 全騎、迎撃態勢を取れ!」


 まるで稲妻のように響きわたるカリヴァンの指令。漆黒で統一された帝国の竜騎兵ドラグーン部隊は、統率の取れた動きで横一列の陣形を取り、上空から迫る灰褐色の竜騎兵ドラグーン――ラティに向かって刃を構えた――。




 ○   ○   ○




「さて、と――。勢い余って出てきちまったけど、まずは――」


 ラティ内部。周囲に闇夜が投影される操縦席の中、リクトは汗ばむ手で左右の操縦桿を握り閉める。その眼下では、鳥が翼を広げたかのような陣形で横一列になった竜騎兵ドラグーンの隊列が見えた。


「――わかってる! 俺に任せとけって!」


 操縦席前方の水晶体が明滅し、ラティがなにごとかをリクトに伝えようとする。リクトはラティの訴えを即座にくみ取ると、なんらかの確信をもって全力でペダルを踏み込んだ。そのペダルの踏み込みに呼応してラティの背面、二枚の放熱板が展開され、光の粒子を放出して急降下。敵陣の一角、最も後方に位置していた帝国竜騎兵ドラグーンの前へと地響きと共に降り立つ。


「き、貴様!?」

「こいつだ! ラティ!」


 突如として目の前に降下したラティに驚き、たたらを踏んで大きく体勢を崩す帝国竜騎兵ドラグーン。ラティは構わず、暗闇の中に銀色の眼光を浮かび上がらせて刃断剣ソードブレイカーを振り抜く。狙いは――武器だ。


 闇夜に奔る一条の銀閃。


 その手に持った馬上槍ランスの根元を破壊され、衝撃で後方へと吹き飛ばされる竜騎兵ドラグーン


「おのれ、よくも!」


 横一列に広がる陣形の、ちょうど右翼にあたる部分に降下したラティ。

 一瞬にして目の前の一騎を無力化したラティの左右に、二騎の竜騎兵ドラグーンが長剣を抜いて立ち塞がる。


「――こっちだ!」


 だが、一対多の状況となってもリクトは動じない。左右の操縦桿を小刻みに引き絞り、同時にペダルを強く踏み込む。

 ラティは低いうなり声を上げると、こちらに斬りかかろうとしていた左の一騎めがけて突進。大地を揺らし、僅かに屈み込んで懐に潜り込むと、その肩口から半身全てで強烈な体当たりを放つ。


「次は後ろ!」


 ラティの体当たりによって長剣ごと大きく仰け反った左の一騎と、それを見てカバーに入りかけていた右の一騎。リクトはまるで背後が見えているかのように敵騎の動きに反応すると、操縦桿を前倒し、左のペダルを踏み抜いて内部からラティに合図を送る。

 ラティもまたリクトの反応に良く応えた。背後からの攻撃を左手のバックラーで受け流し、仰け反った左の一騎と受け流した右の一騎が持つ長剣めがけ、正円を描くような剣撃一閃。闇夜の中に円月の粒子を残して放たれた一撃は、左右の二騎を同時に弾き飛ばし、無力化する。


「やった! やったなラティ!」


 リクトは喜び、それと同時に驚いていた。

 彼は全てを感じ取っていた。戦場に集う一騎一騎の竜の鼓動、その全てを。


 どんなに統率が取れ、訓練された兵の中にあったとしても、あれほどの破壊力を持つ兵器を見た後では恐れが生じるもの。リクトは上空からそれらの恐れを感じ取り、陣形の中で最も恐怖に囚われていた一騎を急襲、撃破。

 その後に左右を囲んだ敵騎に対しても同様、戦いへの積極性や困惑。怒りや恐れ。それらを勘案し、より態勢の整っていない側、心に隙のある側へと攻撃を仕掛けたのだ。そして今もまた、リクトは周囲の騎兵たちから自身へと集まる敵意と混乱を、はっきりと感じ取っていた――。


「――よっし! このまま一気に行くぞ!」


 ラティを中心に渦を巻くような包囲を開始する帝国の竜騎兵ドラグーン。それを見たリクトは呼吸を短く区切って息を止め、猛るラティをその渦中へと駆けさせた――。




 ○   ○   ○




「リクト殿が瞬く間に三騎撃破! ミァン様とロンド殿も出撃完了しました!」

「……リクトが?」

「なんと……! あの少年が、それほどの働きを……!?」




 ――グラン・ソラス城内。

 中央主塔。総司令室。


 大きく開いた石壁の窓からは戦場が一望でき、さらに壁面の巨大な水晶鏡には戦場で起こる出来事が事細かに映し出される。名実ともにグラン・ソラス全軍の指揮、その全てを司る場所である。


 出撃前にリクトと別れたリンは、深緑の甲冑に身を包んだ老騎士、グレン・プファールに連れられ、城内で最も安全とされるこの場所で戦闘の推移を見守っていた。


「リン殿。そなたと共にやってきたリクト殿は、さぞや高名な騎士の元で育ったのでしょうな。今の我々にとっては、なんとも頼もしい限りです」


「……リクト」


 グレンはリンを安心させようと思ったのだろう。無骨な皺だらけの顔にほんの僅かだけの笑みを浮かべ、蓄えた白髭を撫でながら穏やかにそう言った。


 だが、そんなグレンの言葉にリンは俯き、ことさら辛そうな表情を浮かべてしまう。彼女の脳裏に浮かぶのは、幼い頃のリクトの姿――。






 ぼくのうちのねこさん、きょうもしんじゃった。

 きのうもしんだし、そのまえもしんでた。

 

 だから、まいにちうめてるの。 






(――リクトは、本当は全然そんなのじゃないのに――) 


 リンは自分の胸の前に手を当てると、静かに、しかし強くその手を握った――。

 


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