日常の終わり
「「ありがとうございました!」」
――現代。日本。
大きくはないが、良く手入れされた庭を持つ一戸建ての玄関前で、頭を下げる学生服の少年と少女。見れば、少年は空となった大きな段ボール箱を抱えている。
既に閉じられた玄関前を後にすると、段ボール箱を抱えた少年ともう一人の少女は、そのままコンクリートで固められた道を並んで歩き出す。
「ふぅ――野良猫の里親捜し、とりあえず一段落ついたな」
「良かったじゃない。飼い主の人たち、みんないい人そうだったし」
段ボール箱を持ったまま頭上に掲げ、満足そうに大きく伸びをする短髪の少年。だが、隣を歩く黒髪の少女はその様子に不服そうな表情を浮かべている。
「ありがとな
「貸しいち!
ぴしゃりと指先を突きつけてそう宣言するのは、肩下までまっすぐに伸ばした黒髪と、ややきつめの大きな瞳が勝ち気な印象を与える少女――
「わ、悪かったって! ほんと感謝してるからさ!」
「そうよ! もっと感謝しなさい!」
既に日が傾いた夕暮れ時。わいわいと言い合いながら閑静な住宅街を進む二人の横を、何台かの車や自転車が静かに通り過ぎていく――。
「――それで、あと何匹いるの? この辺で最近生まれたって言う野良の子猫」
「俺が知ってるだけで、あと39匹」
「さ、39匹!? まさか陸人、その子たち全員分の里親探すつもりなの!?」
「まあな。早くしないと死んじまうかもしれないし。ちょうど明日は学校休みだし」
立ち止まって驚く凜に、さも当たり前という風に答える陸人。凜はひとしきり驚いた後、呆れたようにため息をついて口を開く。
「――あのさ、こういうこと言うのも何だけど、どうして陸人がそこまでするの? 子猫って言っても、お母さん猫だって側にいるわけだし……。なんだか、引き離すのも可哀想って思ったりするんだけど……」
「……それは俺だってわかるよ。けど、野良で生まれた猫って大体すぐ死んじまうんだ」
陸人は言うと、真剣な眼差しで空になった段ボール箱を見つめる。
「俺には動物の気持ちはわからないけどさ――。やっぱり、生まれてすぐ死ぬ猫や犬を見るのは嫌だなって」
「はぁ――さすが、獣医目指すだけあるわね」
陸人の話を聞いた凜は先ほどついたため息よりも更に大きなため息を一つつき、がっくりと肩を落とした。
「まあ、結局は俺の自己満足ってことなんだけど――……って、あれ?」
「――どうしたの?」
話を続けようとした陸人が突然足を止める。僅かに前に出る形になった凜は怪訝な表情を浮かべて陸人を振り返った。
「さっきあそこに変な羽の生えたトカゲみたいなのが――それに」
「――羽の生えた、トカゲ?」
陸人は段ボール箱を畳んで小脇に抱え直すと、凜にもわかるように道の先を指し示す。道の先、枯れた巨木が佇む曲がり角――。
「――あのトカゲ、怪我してた!」
「ちょ、ちょっと! 待ってよ陸人っ!」
―――ドクン―――
――彼は、その音に聞き覚えがあった。そのリズムに聞き覚えがあった。
その音が、自分を呼んでいるように彼には聞こえた。
その音は、遙か遠くで彼を待つ、何者かの鼓動だった――。
駆けだした陸人を追って曲がり角を曲がる凜。陸人はその先の道から外れ、閑静な住宅地にはいささか不釣り合いな未だ整地されていない雑木林に入る。
この地区は古くからの大地主がその土地の大部分を所有しており、この雑木林も地主の意向で残されたままになっていることを凜は知っていた。
「陸人っ! 勝手に入ったら――え!?」
ようやくのことで陸人に追いついた凜。だが彼女はそこで、信じられない光景を目にする。
「なんなのこれ――?」
「俺にも、なにがなんだか……」
この地区に住む二人にとって、この雑木林も、その周囲の位置情報もどちらもある程度頭に入っているはずだった。だがどうだろう。鬱蒼と生い茂る木々を抜けた先で二人を待っていたのは、住宅地の塀でもなければ、別の道でもなかった。
「月が――二つ? それより、いつの間に夜になったの!?」
二人の目の前には草原が広がっていた。それも並の広さではない。テレビや写真でしか見たことがないような、遙か彼方、地平線まで続く大草原だ。
そして二人の頭上で輝く二つの月――。
このとき、二人はまだ戻ることが出来た。
『門』は、まだ二人の背後でその扉を開いていた。
「ねぇ陸人、早く戻ろうよ! こんなの絶対おかしい!」
「そ、そうだな――――」
不安そうに陸人の腕を引く凜。
陸人もぎこちなく頷くと、元来た雑木林へと踵を返そうとする。だが――その時。
突如として巻き起こる閃光、そして爆発が、二人の周囲で炸裂した――。
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