旧版・攻城大陸

ここのえ九護

第一部 攻城大陸

第一章

鼓動


 ――彼は、その音に聞き覚えがあった。そのリズムに聞き覚えがあった。

 

 その音が、自分を呼んでいるように彼には聞こえた。


 その音は、遙か遠くで彼を待つ、何者かの鼓動だった――。





 ○   ○   ○





 煌々と輝く二つの月――。


 月明かりの下、どこまでも広がる大草原。


 今、その広大な草原を横切る巨大な、あまりにも巨大な影が一つ。


 

 五つの精巧に作られた尖塔と、月の光を反射して輝く壮麗な城郭。

 そしてたなびく炎竜の戦旗――。


 中でも最も目を引くのは、その圧倒的なスケールだろう。


 巨石を組み合わせて作られた一つ一つの尖塔は、優に高さ数百メートルを数え、その長大な城郭と基底部は、直線距離にして数キロに達しようかというほど――。


  果てなき大地を疾走するは――およそ現実とは思えない、巨大すぎる城だった――。




 ○    ○    ○




『――敵影接近! ですが、の姿は見えません!』


「城を置いてきたっていうの――?」


 月光輝く夜空の下、物見からの危急の報せに応える一人の少女。

 亜麻色の流麗な髪に、雪のように白い肌。可憐さと美しさを兼ね備えた相貌。そして強い意志を宿した大きな瞳――。


 大陸でも五指に入ると謳われたソラス王国の美姫、ミァン・ソラスは今、その華奢な身に真紅の甲冑を纏い、急造で補強された城門内部で多くの整備兵による最後の点検を受けていた。


「城が前に出て来ていないのなら、今の私でも……」


 勝機はある――。


 ミァンがそう呟くと、彼女が纏う巨大な甲冑もまた彼女を励ますように喉を鳴らし、兜の口元から炎の息吹ブレスを覗かせる。


 その甲冑は、全身を光沢ある紅で染め上げられ、流麗な装甲部のラインを基調としながらも、各関節部分を補強するパーツに炎の意匠が見られる。その中でも最も大きな特徴は、胸部に備えられた竜の顎を模した装飾であろう。その顎の奥では灼熱の炎がゆらゆらと渦巻き、自らの出番を今か今かと待ち構えているように見えた。


「ふふっ……ありがとう」


 ミァンはそんな甲冑の様子に柔和な笑みを浮かべると、自らが座する甲冑胸部の側面にそっと手を添えて瞳を閉じた――。




 ――彼女達は今、逃げていた。


 強大な軍事国家との争いに敗れ、かつての栄華の全てを失ったソラス王国は、ただ一人残された王族であるミァンと、最後まで付き従った僅かな騎士達。そして多くの戦えぬ民を連れ、辺境の同盟国を目指し逃げ続けていた。




 しかし、彼女達が逃走を開始して三日目。その逃避行もついに限界を迎える。



 

「敵竜騎兵ドラグーン、多数接近!」

「打って出ます! こちらも動ける竜騎兵ドラグーンは全て――っ!?」


 甲冑内部で立ち上がり、兵達に向かって指示を出そうとしたミァンを、突如として大きな横揺れが襲う。


 視界が傾き、巨大な甲冑が片膝をつく。彼女達を乗せて疾走していた巨大な城が、突然隆起した大地に足場を取られ、そのままこするように地面へと激突したのだ。


『グラン・ソラス前方に着弾! 地形を変えられました!』

「くっ――開門、急いで!」


 敵対者の攻撃によって体勢を崩し、石畳へと片膝をついていたミァンの巨大な甲冑が、勇壮な雄叫びと共に兜の口元から灼熱の息吹を放出する。同時に彼女の眼前、見上げるような大きさの木製の城門が、けたたましい鐘の音と共にゆっくりと開放されていく――。


「姫様! どうかご無事で!」

「ありがとう、後は任せて!」


 仕える主の無事を祈り、甲冑の足下から散り散りに離れていく大勢の兵達。ミァンはそんな彼らの姿に決意を新たにすると、壁面に架かる金刺繍の外套を掲げ取って甲冑に纏わせる。


「全軍、私に続いて! ミァン・ソラス、出る!」


 ――城門が開く。外界から突風が吹き込み、月明かりに照らされてなびく草の海が眼下に広がる。そしてそれと同時、真紅に輝く甲冑の後方空間が赤熱し、大気中に巨大な炎陣が出現。炎陣は辺り一帯に甲高い高音と、灼熱の高温とを発生させながら収束すると、甲冑後方で幻想的な三つの文様を描いて大気中に固定、開放の時を待つ――。




「父様、母様――」




 祈るように目を閉じるミァン。

 瞬間、炎陣が開放される。

 城内に轟く爆炎と爆風。

 そしてそのを背面に受け、一瞬で加速するフレス・ティーナ。




 ミァンを乗せた真紅の甲冑は、闇夜に炎の尾を引いて城外に飛び出すと、すぐさま眼下に広がる草原に幾つもの光点――彼女が守るべき者達を脅かすの存在を視認する。


「――どうか、私達に勝利を!」


 遙か天上に浮かぶ満月を背に、真紅の甲冑は開戦を告げる雄叫びを上げて長剣を抜き放つと、無数の敵影めがけ突撃を開始した――。

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