竜騎兵


 リクトとリン。

 二人がこの広大なフリオング大陸に降り立って、数時間が経過しようかという頃。


 未だ夜は明けず、先ほどまで頭上で輝いていた二つの月は、大草原の彼方に見える雄大な山々の影に隠れようとしていた――。


 そして漆黒の闇を深める草原の上。深緑の草地に黒い影を落とす巨大な城――ソラス王国の王城、グラン・ソラス。




 五百年にも及ぶ長きにわたり、ソラス王国を守護し続けてきたと言われるこの城は、特徴的な三つの主塔に二つの尖塔を持ち、正方形の城壁内部には必要十分な都市機能を持つ。

 この五百年、敗走することはあれど、ただの一度も破壊されたことはないという、大陸屈指の名城である――。






「ミァーン! フレス・ティーナの整備、終わったよぉ!」

「ありがとうファル! 後はリクトさんのことを見てあげて下さい!」

「はーい!」




 ――グラン・ソラス城内。




 無数の松明に照らされた広大な室内。

 木製の枠組みに備え付けられた四体の巨大な甲冑――。


 これら並び立つ甲冑こそ、遙か古代に存在した竜の化身。フリオング大陸の主戦兵装。通称「竜騎兵ドラグーン」と呼ばれる人型兵器である。



「ちっ――適当に放り込めば何か起こるかと思ったんだがな」

「むむーん……だめだ、全然動かせる気がしないぞ……!」


 

 整備場の手前からフレス・ティーナ。その奥に青、深緑と並ぶ竜騎兵ドラグーンの更に奥――。

 二枚の翼を思わせる背面の放熱板と、左手のバックラー以外に目立った装飾もない灰褐色の竜騎兵ドラグーンから響く声。


 大きく開いた胸部装甲の奥。人一人入れるかどうかという空間の小さな座席に座り、なにやらレバーのようなものをガシガシと前後に動かすリクトと、苛立つように自身の癖毛を掻き上げるロンド。


「しゃあねぇな――いいかリクト、元からこの竜騎兵ドラグーンはお前みたいなガキに動かせる代物じゃねぇ。俺たちがお前に期待してるのはこいつを動かすことじゃなく、さっき見せた馬鹿でかい剣をもう一度出すことだ。お前は黙ってこの中に乗ってりゃいい」


「そうなのか? でも動けないまま戦いの中で突っ立ってたら……やられるよな?」

「はっ! つまりそれが俺たちの狙いってこった。せいぜい役に立ってくれよ!」


 当たり前の疑問を口にするリクトの肩を二度叩き、ロンドはそのまま備え付けられた滑車からロープを伝って遙か眼下に滑り落ちていく。


「ま、待ってくれよ! そんなもん自由に出せるわけねーだろ!?」


「おっまたせー! リクトくん、だっけ?」

「うわっ!?」


 座席から身を乗り出し、ロンドに向かって叫ぶリクト。しかしそれと同時、ロンドと入れ違いになるようにリクトの背後から座席に滑り込む小さな影――。

 振り向いたリクトの目に、甲冑胸部の外側からこちらをのぞき込む、大きな帽子を被った少年とも少女ともつかぬ子供の姿が飛び込んでくる。

 

「ボクの名前はファル。この国で整備長をやってるんだ。ミァンから頼まれてキミを助けにきたよ」

「俺を、助けに?」


 自分よりも小さな子供に見えるファルが、一国の整備長という大役を果たしているという事実にリクトは内心驚いていた。そしてファルが纏う独特の雰囲気――。

 気がつけば、ファルはリクトのすぐ隣までやってきて、ニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

「そう! キミに竜騎兵ドラグーンの乗り方をちゃんと教えてあげてって言われたんだ。ここだけの話、ロンドは教えるのヘッタクソだからね~~」


 ファルはそう言うと、ぴょんと跳ねるような動きで座席に座るリクトの上にまたがると、無邪気な笑みと共に振り向きながら話を続けた。


「――リクトはさ、お馬さんには乗れる?」

「自慢じゃないけど、馬なら得意だ!」


 自信満々といった様子で即答するリクト。

 その様子にファルはにっこりと笑みを浮かべ、背中のリクトに体を預ける。


! なら話は簡単。このレバーは手綱。ペダルは鐙だと思えばいい」


 ファルはリクトにまたがってゆらゆらと左右に揺れながら、座席に備え付けられたレバーとペダルを小さな指で指し示す。


「実はね、この子たちはみんな生きてるんだ。それこそお馬さんと一緒で、怖がったり怒ったり、喜んだりもするし、乗る人の気持ちだってわかるんだよ」


「この鎧が、生きてる……?」


「そう。例えばこの子。『ラティ』っていうんだけど……。この子は最初の戦いで酷い怪我をしちゃってね。それからは誰が乗っても動いてくれなくて、ずっと倉庫の奥でひとりぼっちだったんだ――」


 悲しそうな顔でそっと座席のレバーを撫でるファル。ファルの言葉に、リクトは改めて自分が座る座席の周囲をゆっくりと見回した。


「だからね。もしリクトが皆の力になりたいと思うなら、リクトもこの子を大切にしてあげて。そうすれば、きっとこの子もリクトに応えてくれると思うから」


「そっか……なんとなくだけど、できそうな気がしてきたよ。ありがとな、ファル!」


 ファルの言葉に力強く頷くリクト。


「いいよ~。その代わり、ちゃんと帰ってくるんだよ」


 そんなリクトの様子に、ファルはずれた帽子を被りなおし、満面の笑みで応えるのであった――。




 ○   ○   ○




「敵襲! 敵襲ーーー!」


 闇夜に繰り返し打ち鳴らされる鐘の音。騒然とするグラン・ソラス城内。


「来たな……敵の城は見えるか!?」


「敵城確認! グラン・レヴです!」

「敵方は攻城戦シージの構えですな……いかがなさいますか、姫様」


 城内に響く敵襲の報せ。

 兵士達の視線が、一斉にフレス・ティーナの足下に立つミァンに集まった。


「――そちらは手はず通りに。皆のこと、よろしくお願いします」

「このグレン、身命を賭して!」


「皆も良く聞いて。誰一人として自らの命を無碍にすることは許しません。一人も欠けることなく、必ず祖国へと帰還しましょう――!」


 ミァンのその声は、敵襲を告げる鐘の音の中にあってもはっきりと全兵に届いた。




「全軍、戦旗を掲げよ! 炎竜の加護が皆にあらんことを!」



 

 決意を露わに叫ぶミァン。

 それと同時、辺り一帯に開戦を告げる全軍の鬨の声が響き渡った――。

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