決意
――皇帝陛下へのご報告は以上です。我が騎士団はこのままグラン・レヴと共に進軍を開始。必ずやグラン・ソラスとフレス・ティーナを手に入れて見せましょう」
うすぼんやりと灯る紫色のかがり火の下――。
片膝をつき、自らの兜を脇に抱え、煌々と輝く反射鏡に向かって粛々と言葉を紡ぐ銀髪の騎士――カリヴァン・レヴ。彼こそが紫色の竜騎士ファラエルの主にして、大陸全土に及ぶ騎士の序列『円卓』の第七席を賜る男である。
――ここは謁見の間。
カリヴァンが忠誠を誓う祖国『エルカハル神聖帝国』その皇帝より与えられた、カリヴァンの居城、グラン・レヴ最上層。
「序列第七席、風雨の騎士と謳われたカリヴァン・レヴをして、危険――と。そう言うのですね?」
鏡面から響く透き通るような声。見れば、そのゆらめく鏡面の向こう側には、純白の法衣を纏う人影が映り込んでいる。
「はい。私の目から見ても、あれほどの破壊力を持つ兵器は他に見たことがありません。対抗できるとすれば、円卓でも
「よろしい。その件についてはわかりました――。して、次の手は?」
「――先ほどの戦いで我が騎士団はグラン・ソラスの足を潰しています。グラン・ソラスはもはや動くことも出来ず、民を見捨てなければ巨神にもなれませぬ――」
カリヴァンは鏡面の向こう側に映る人影に向かってはっきりと述べた。
「動くこと叶わぬグラン・ソラスに
「おや――? 人道を重んじる風雨の騎士の言葉とは思えませんね。城内に居るソラスの民は良いのですか?」
「……全ては、我が慢心がもたらしたこと。それに、我が人道は皇帝陛下への忠誠を決して上回るものではありません」
再び瞳を閉じ、懺悔するように頭を垂れるカリヴァン。
法衣の人影はその光景にクツクツと小さく笑い、何度も頷いた。
「よろしい……ならば行きなさい。良き報告を待っていますよ」
「はっ! 皇帝陛下に必ずや竜の咆哮を届けてご覧に入れましょう!」
立ち上がるカリヴァン。
紫色の騎士はそのまま鏡面から踵を返すと、兜を被り、戦場へと舞い戻った――。
○ ○ ○
「待ってよリクト! 待ってったら!」
グラン・ソラス城内。
無数の薄汚れた避難民や、傷ついた兵士達が体を寄せ合う通路にリンの声が響く。
リンは通路すら埋め尽くす彼らにぶつからないように気をつけながら、前を進むリクトに追いつくと、彼の歩みを止めようと腕を引いた。
「うわっとと――!?」
「どうして無視するの!?」
リンが掴んだリクトの腕――。
今彼のその腕を包んでいるのは先ほどまでの薄手の学生服ではない。城内の他の兵士達が着ているような、よくなめされた獣の革鎧――。
「なによ、この服……こんなの着て、本気なのっ!?」
リクトの腕を掴んだリンは、その革鎧を半ば引きはがそうとすらした。そうしながら、リンはリクトに向かって怒りとも苛立ちともとれる声で詰め寄った。
「確かにミァンたちに助けてもらいはしたけど、私たちには関係ないことじゃない! 大体、あんたが戦ってどうなるっていうの!? さっき奇跡みたいなことが起こったって、そんなのリクトと関係ないかもしれないじゃない! まだ怪我だって痛むんでしょ……!? なんで――どうして、自分から戦うとか言ったり――したのよ……っ!」
矢継ぎ早に叫ぶリン。
その言葉の最後はもはや言葉にならず、小さな嗚咽に変わっていた。
「誰かと思えば片割れの嬢ちゃんか。あんたの気持ちもわかるが――。結局のところこいつは利口なのさ。負ければ全員――それこそ、こいつもあんたも死ぬってことを良くわかってるんだ」
リクトの前を歩いていた癖毛の青年――ロンドが皮肉めいた表情を浮かべてリンに声をかける――。
先ほどの室内でのやりとり。
ミァンからの説明、そしてロンドからの訴えを聞いたリクトは、その場で即座にこう言ったのだ。
「俺も戦う」――と。
「――そういうことじゃない……そんなことじゃない。こんなわけのわからないところに来て、めちゃくちゃな説明されて……それで、すぐに戦わないと死ぬとか言われて……!」
リンは俯いたまま、リクトの腕を強く、強く握り締める。握りしめるリンの手の甲に、一つ、二つと涙の滴が零れ落ちた。
「どうしてリクトは平気でいられるの? どうしていつも通りのリクトなの? ねぇ、どうして!?」
リンは滲んだ瞳でリクトを見据え、すがるように尋ねた。
彼女は気づき始めていた。リクトの平静、その要因を。
気付いたゆえの涙だった。
「……リン」
リクトはそこで初めて、この世界に来て初めて辛そうな表情を見せた。
そしてリクトは彼女の耳元に顔を寄せ、彼女にだけ聞こえるように呟く。
「――俺に任せとけ。絶対に俺がなんとかする――!」
「……りく、と……っ」
その言葉にリンは溢れる涙をこらえず、その場で嗚咽を漏らし続けた。
そんなリンの肩をリクトはそっと支えて離れると、話が終わるのを待っていたロンドに声をかける。
「リンのこと、ちゃんと守ってやってくれよ」
「――ああ。信頼できる奴を二、三人つけておいてやる」
ロンドに頷いたリクトは再びリンに向き直り、今度はできる限りの笑みを浮かべて口を開く。
「絶対に二人で一緒に家に帰ろう! 大丈夫。ちょっと行って、すぐ戻ってくる!」
――リクトは、彼なりに責任を感じていたのだ。
自分の行動がリンを巻き込んでしまったと。
自分がこんな酷い状況に彼女を陥れたと――。
笑みを浮かべ、元気に手を振って小さくなっていくリクト。
リンは悔しかった。今の自分にリクトを止める言葉がないことが。
なぜなら、彼女も既に心身共に限界だったのだから。
だが、それでもリンはそんなリクトに伝えたいことがいくつもあった。
しかし結局、それらいくつもの言葉は発せられることなく消えた――。
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