第二章

異世界


「リクト――っ!?」

「うっ――り、リン?」


 僅かな呻きと共に目覚めるリクト。まず彼の目に飛び込んできたのは、その大きな瞳を真っ赤に腫らしたリンだった。驚き、しっかりとした造りの木製の寝台から僅かに起き上がるリクト。だがその瞬間、痺れるような痛みが肩口を襲った。


「いっつ――っ!」

「大丈夫!? あんた、私が気を失ってる間にまた無茶したんでしょ――?」

「ああ、そっか……リンも無事だったんだな……良かった」




「――お目覚めになられたんですね」




 石造りの壁面に木造の天上。小さく空いた窓からは星空が覗く室内。穏やかな蝋燭の光の中、お互いの無事を喜び合うリクトとリン。そしてそんな二人に向けて、努めて穏やかにかけられた一つの声――。


 部屋の出口へと目を向けたリクトは、そこで安堵したような笑みを浮かべて立つ一人の女性……いや、まだ少女と呼ぶべき面影を持つ、無骨な甲冑姿の人影に気付く。


「えーっと……誰?」

「ば、馬鹿っ! この人は私たちを……」

「ふふっ……いいんですよリンさん。リクトさんがお元気そうで安心しました」

 

 鎧姿の少女はそう言って一度部屋の外に姿を消した後、銀色に輝く皿の上に白磁のティーカップを乗せて戻ってくる。少女はそのまま慣れた手つきで湯を注ぐと、リクトとリンに向かってカップを差し出した。


「――どうぞ、ランナという花の蜜を入れてあります。暖まりますよ」

「いい匂い……」

「あっと、その、いただきます」


 二人はそれぞれ少女に向かって礼を口にすると、ゆっくりとカップに口をつける。砂糖とは違う飲み慣れない甘みに、花のような香りのする飲み物だった。 


「私の名前はミァン・ソラス。このソラス王国の女王です。リクトさんには危ないところを助けて頂きました。ソラスを代表してお礼を言わせて下さい」

「え? 俺が、君を助けた――っていうか、女王とかソラスとか、俺にはさっぱり――」

「だよね――。私もずっとミァンや他の人と話してたんだけど、わからないことだらけで――」

「リン……」


 まっすぐリクトを見つめて名乗るミァンと、困惑するリクト。そしてうつむき気味に話すリン。リクトは僅かばかり思案すると、カップの飲み物を一息に飲み干す。そしてすぐに目の前のミァンへと様々な疑問をぶつけた。

 



 ここは一体どこなのか。もしここが日本とは別の土地なら、どうして自分たちの言葉が通じるのか。あの巨人はなんなのか。そもそもミァンは何者なのか。そして自分が気絶している間に何があったのか――。




 ミァンはリクトのそれらの問いに、可能な限り落ち着いて誠実に応えた。

 実は既に彼女は、先に目を覚ましたリンとの会話で、二人の素性にいくらかの確信を持ちつつあったのだ――。




「――つまり、ここはフリオング大陸ってところで、今は五竜歴六百二十四年……ってことなのか!」

「ってことなのか――じゃない! なんであんたはそんなに落ち着いていられるの!?」

「い、いや。なんつーか、やっと状況が飲み込めてきたというか……」


「――少なくとも、あなた方二人が元いた場所は、ここから遠く離れた地にあるはずです。今のソラスに、お二人をその地にお連れする余裕がないことは口惜しいですが――それでも、お二人は我々の恩人です。身の安全はできる限り保証します」


 ミァンの説明に納得したように頷くリクト。そしてそのリクトの態度にこそ納得がいかないとばかりにくってかかるリン。ミァンはそんな二人の様子にも真剣な眼差しを崩さず、できる限りの協力を申し出る。




「ありがとうミァンさん。あ、いや。ミァン女王様かな――」

「ミァンで構いませんよ。実は私、ずっと前から同じくらいの年のお友達とお話してみたかったのです」

「ミァンって今年で16歳なんだって。私たちと違ってしっかりしてるよね」


 リクトの言葉に、ほころぶような笑みを浮かべて応えるミァン。その笑みにリクトはもちろん、不安な様子を崩さなかったリンもまた、つられて笑みを浮かべた。


「――ならミァン。さっきの話だけど、今ミァンたちは追われてるって――。さっきのも、そいつらと戦ってたんだろ? 大丈夫なのか?」

「それは――……」




「――大丈夫なわけねぇだろ。グラン・ソラスは足をやられてる。動ける竜騎兵ドラグーンは三騎だけ。さらに城内は戦えない民で足の踏み場もねぇ――。どう考えても次来られたら詰みだ」


 ミァンの言葉を遮るように割って入る声。寝台の横。木製の椅子に座るミァンの更後ろから、青い甲冑を着込んだ癖毛の青年が悪態をつきながら踏み込んでくる。


「で、いつになったら本題に入るんだ? 俺たちに時間がねぇってのは、姫もわかってるだろ」

「ロンド……。ですが、彼らは私たちの……」

「恩人だろうがなんだろうが、俺たちが負ければこいつらも死ぬだろうがっ!」


「な、なによアンタ! ミァンは女王様じゃないの!?」

「あー、なんかわかってきたぞ……」


 先ほどまでの雰囲気とは一転。騒然となる室内。青年の暴言にくってかかろうとするリンを制しつつ、リクトは眉間にしわを寄せてミァンを見つめた。


「ミァンがさっき言ってた、俺が敵を追い払ったって言う話――。それを俺にまたやれってことだろ?」

「――え?」


 リクトのその言葉にミァンは俯き。ロンドと呼ばれた青年は鼻を鳴らした。

 リクトのすぐ隣にいたリンは凍り付いたような表情を浮かべてリクトへと向き直ると、自分でも無意識のうちに彼の服の裾を握りしめていた――。




 


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