攻城戦


 うなり声にも似た地鳴りと共に、グラン・ソラスが持つ五つの尖塔がそれぞれ両腕と頭部へと変じる。それと同時、城そのものを構成する広大な基底部が左右に分かれ、堅牢かつ強大な両脚の構造を形作ると、長大な城郭が複数に分裂。グラン・ソラスの全身を覆う壮麗な甲冑を構成する。そうして装着された甲冑には神秘的な紋様が浮かび上がり、それがそのまま外敵の攻撃から自身を守る不可視の障壁へと変化する。


 天と地に刻まれた広大な紋様の狭間。空中に浮遊し、その姿を人型の巨神へと変えたグラン・ソラスが大地へと降り立つ。その衝撃は巨大なクレーターを大地に穿ち、底すら見えぬ長大な断崖を大陸へと刻み込む――!




 勇壮なその姿は、正に仁王立つ戦士の如し。




 流麗で躍動感ある騎馬人ケンタウロス型を取るグラン・レヴに対し、あらゆる攻撃を迎え撃たんと、その両手を大きく広げて立つグラン・ソラス。


 今、二体の巨神は広大な草原と夜空とを背にして相対した。


 二体の巨神。その周辺領域には、散り散りに砕かれた大気が猛烈な渦を巻き、激しい気流の雲が白い尾を引いて夜空を彩る。二つの人型が雲すら貫くその光景は、絶対的に壮麗であり、同時に世界の終焉すら予感させる、畏怖と恐怖の象徴でもあった――。




「私は……最後まで戦う! 戦ってみせる!」




 巨神へと変じたグラン・ソラスの頭部。丁度額に当たる部分に、両手両脚の構造を組み替え、その姿を人型から竜そのものの形へと変えたフレス・ティーナがゆっくりと収まる。



 ――人は竜を駆り、竜は神を導く標となる――



 フレス・ティーナが収まると同時、グラン・ソラスの瞳部分が閃光を発し、見上げるほどの巨神は空間そのものを震わせて凄まじい咆哮を上げた。




 グラン・ソラスと接続され、その巨体と一つになったフレス・ティーナ内部。ミァンは操縦桿を握り閉めると、大きく息を吐いて目の前のグラン・レヴを捉える。


『姫様! 前方距離1500! グラン・レヴは突撃の構え!』

『戦えぬ者はグラン・ソラス後方に避難させています!』

『こちら、鼓動良好! ドックンドックンいってまさぁ!』

『カタパルトのファルだよっ! 竜撃砲、いつでも撃てるからね~!』


「みんな……! ありがとう――」


 グラン・ソラスがついにその一歩を踏み込む。それは大地を穿つ、決意の歩みだ。


「いきます! 右腕上昇、打撃準備!」

『右腕上昇っ! 打撃準備ぃっ!』


 ミァンの指示と同時、グラン・ソラスの腕が後部上方に引き絞られ、数十メートルもの大きさの掌が、巨大な拳を形作る。狙うは、眼前に迫るグラン・レヴ――。


「今っ!」


 振り下ろされる右腕――着弾――そして、衝撃。


 着弾の瞬間は無音。あまりにも巨大すぎるこの戦いに、音の伝達速度は間に合わない。間近で巨神同士の激突に巻き込まれた者は、視覚と音、そしてあらゆるものを吹き飛ばす衝撃波が、全く違うタイミングでその身に襲い来る事実に戦慄し、そして消滅することになる。


 巨神同士の激突が始まった今、安全圏はただ一つ。強力な魔力障壁で守られた城壁内部のみなのだ。


 グラン・レヴはグラン・ソラスの拳を、その手に持つ小型の盾で下方へ押し流す。流されたグラン・ソラスは爆音と爆風、そして気圧の断層を周囲に発生させながら体勢を崩す。体勢を崩したグラン・ソラスめがけ、グラン・レヴはその圧倒的な質量全てを持って突進。肩口から叩きつけられた巨体と巨体がはるか天上でぶつかり合い、それはあたかも落雷のような閃光と火花を発生させる。


「くっ――! 第二波準備! 左腕、前へ!」

『左腕、突貫ーーーーーっ!』


 グラン・ソラスは体勢を崩されつつも、押し上げられた勢いを利用して左腕を大きく振りかぶる。そしてそのまま垂直に、自らの懐へと潜り込んだグラン・レヴめがけ、神が振るう杭打ち機のごとき様相でその左拳を叩きつける!


 ――が、それすらもグラン・レヴは読み切る。


 体当たり後、グラン・レヴは即座にその四本の脚を力強く躍動させ、グラン・ソラスの側面を擦り滑るように左側へと抜ける。無数のクレーターを穿ちながらグラン・ソラス側面へと移動したグラン・レヴは、左腕での一撃が空を切り、前のめりとなったグラン・ソラスめがけ、馬上槍ランスでの一撃を加えた――!




「きゃああああ―――!」


『胸部障壁、及び背面障壁、共に被害甚大! 次は耐えられません!』

『右腕装甲、左腕装甲、問題なし! ですが、引き戻すまで後20秒かかります!』


「カリヴァン・レヴ……っ」


 グラン・レヴから受けた一撃に、大きく揺れるグラン・ソラス内部。


 こちらの一撃を全て回避し、ものの見事に反撃へと繋げたグラン・レヴの動きに、ミァンはどうしても、先刻のカリヴァンとの戦いを想起してしまう。


 ――ミァンがどのような攻撃をしかけようと、風雨の騎士カリヴァンは、その全てを軽々といなし、手加減すら見せる余裕と共に的確な一撃を加えてきた。未だ騎士としての道を歩み始めたばかりのミァンにとって、それは、絶望的なまでの力の差だった。


 

(――私で、勝てるの?)

 

 

 ――元より、帝国との戦力差は圧倒的だった。たとえミァンがカリヴァンに値する騎士だったとしても、戦況は変わらなかっただろう。



 ミァンの脳裏に闇がよぎる。否、それは今に始まったことではない。王都から逃亡を開始したそのときから――いや、それよりもずっと前から、なのだ。




 ――すでに勝負はついている。自分たちがしていることは、ただの悪あがき――



 

 ミァンの背筋を、冷たいものが流れ落ちる。


 だが彼女は、それにも気付かぬふりをした。


 気付けば、自分がもう二度と戦えないとわかっていたから――。




 ○    ○    ○




 ――リクト殿は、さぞや高名な騎士の元で育ったのでしょうな――




 グラン・ソラス中央主塔。




 激突の度に鳴動する巨神内部。グラン・ソラスの動き一つ一つに檄を飛ばす将官たちの大号令が鳴り響く中、リンは大きく開いた主塔の窓からただ一点を見つめ、そのか細い手を胸に当てて呼びかけ続けていた――。



(違う――。リクトは、誰かに育てられてなんて、ない――)



 リンの脳裏に浮かぶのは、小さなその手に、錆びついた黄色いスコップを持って泣きじゃくる子供の姿――。



(勉強も、運動も、よくわからない知識や雑学だって、あいつは全部一人で覚えてきて、いつのまにか使えるようになってた。一緒に住んでる私にも追えないくらいの早さで、あいつは強くなった。本当に――)



 彼女が見つめるのは、最早なにも見えなくなったはずの闇の向こう――。

 視界を塞ぐグラン・レヴの巨体も、その先に待つ闇すらも貫くリンの視線――。


 リンにはその闇の先で待つ、自分にとってなによりも大切な、一人の少年の姿がはっきりと見えていた。彼女にとって、そのことは造作も無いことだった。なぜならそれは、ずっと昔から……一日たりとも欠かすことなく、彼女が続けてきた行為だったのだから――。




(生きてる――。リクトは生きてる。だってあいつは、




 衝撃――そして轟音。


 幾たびも起こる振動で、頭上からひび割れた石の欠片が舞い落ちる中。リンは何ものにも構わず、膝をつき、両手をしっかりと握り閉め、はっきりと目を開けて、残骸の中にいるであろうリクトに向かって呼びかけ続ける。




 ――ねぇ、いつかわたしが困ったら、今度はあなたが、わたしを助けてくれる?

 ――うん。ぜったいに助ける! 


 ――じゃあ、やくそくね!




 それは、初めて二人がを交わした記憶――。




「私は、なにがあってもあんたのことを見てる。今までも、これからも、絶対に目を逸らさない。だから――」




 瞬間、リンが見据える闇の先、視線の先が、わずかな光を発する――。



 

「だから――。早く私を助けにきなさいっ! リクトっ!」




 リンが発したその声と同時。

 

 漆黒の闇と粉塵に紛れ、朽ち果てていたラティの残骸から閃光が迸り、溢れ出た光は、そのまま一条の剣となって天へと昇った――。

 

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